SSブログ

『ザ・万歩計』(万城目学) [読書(随筆)]

 「受話器を手に不動産屋が、「いえ、ホルモンではなく、ホルモーです。ええ、ホルモー」と律儀に説明しているのを見て、心底申し訳ないと思った。次は必ずまともなタイトルにしよう、と心に強く誓った。一年後、私は待望の二枚目の持ち札を手に入れる。『鹿男あをによし』 あの日の反省はいっさい、生かされなかった」(Kindle版 No.721)

 万城目学さんの第一エッセイ集の電子書籍化版を、Kindle Paperwhiteという電子書籍リーダーで読みました。単行本(産業編集センター)出版は2008年03月、文庫版(文藝春秋)出版は2010年07月、Kindle版(文藝春秋)出版は2012年09月です。

 「私はそれまで、「評価される文章」とはまったく無縁の人間だと思っていた。(中略)真面目で行儀のいい、よい子の文章こそが「よい文章」だと思っていた。なぜなら、実際に評価されるのはそういった文章ばかりだからである」(Kindle版 No.97)

 好きな音楽の話、作家デビューまでの苦節、祖父の思い出、実家で飼っていた猫の思い出(泣けます)、子供の頃の現実なのかどうかよく分からない謎の思い出。会社員時代に周囲にいた変な人の話。「渡辺篤史ごっこ」のススメ。室内クライミング体験記。

 バーベキューの話になったとき、「僕、火おこすの、うまいですよ」、と言ったところ、「ヒヨコすごいウマいですよ」と聞き取られてしまったこと。

 執筆中に聞いている地域FM放送について。

 「誰かがしゃべっている最中に突如CMが入る。ゲストで登場した、役所の防災課のおにいさんが、防災意識について語っている最中に問答無用で曲がかかる。と思ったら途中で次の番組になる。おそらくすべて「事故」としてカウントされてもおかしくない事象を、惜しみなく連発しながら我が地域のコミュニティFMは今日も放送を続けている」(Kindle版 No.181)

 さらに、松山旅行、ドバイ、欧州一人旅(のトラブル)、モンゴル紀行など、旅行の話は充実していています。

 なかでも、トルコでの垢すり体験は抱腹絶倒というか。

 「「しゅぼ しゅぼっ」 私のデリケートな部分を、何の断りもなく、男の手が豪快に洗っていった。基底部から天井方向に向け、まさに“洗い上げ”ていった。「オウ!」と思わず、間抜けな声を上げてしまった」(Kindle版 No.2257)

 「すでに「しゅぼ しゅぼっ」とされていたにもかかわらず、私はどこかで相手に甘えを抱いていた。(中略)だが、甘かった。ちゃんちゃら甘かった。「しゅわっ」 ヒップの割れ目を、何かが勢いよく走っていった」(Kindle版 No.2266)

 しかし、最もインパクトが大きいのは、「黒い稲妻」との果てしなき戦いについて熱く語った章でしょう。

 「気づいたときには、驚いて網戸から飛び立った黒いものが、眉間にガツンと衝突していた。その瞬間から、私はゴキブリに対して、決定的な敵愾心を抱くようになったのだが、その敵愾心を思うままに綴ってみたら、たいそうみなさんの評判がよかった」(Kindle版 No.2491)

 たいそう「評判がよかった」のも無理はありません。何しろ、こんな感じで。

 「私が中学生だったある夏の夜、脛を這ってくる何かの気配を感じた。私はそれを膝頭のところでつかむと、ぽいと投げ捨てた。つかんだ瞬間、それは指の間で「きゅ」と鳴いた」(Kindle版 No.1363)

 「壁を伝う特大Gを、ぶ厚いカタログで攻撃、あまりにクリーン・ヒットしすぎて、粉砕された奴の体の破片が、頭にふりかかってきた「黒い雨」事件。そのとき、つい取り落としてしまったカタログを拾うと、アタック面を親指が「ぬるっ」とつかんでしまい、ふたたび悲鳴が轟いた「Gの悲劇」事件」(Kindle版 No.1397)

 さらにこの後、「疑惑の黒い羽根」事件、そして「最大にして最悪のG16事件」と続くのですが、書き写すのが嫌なので止めておきます。この辺、電子書籍の画面を指で触るのも抵抗を感じるほど。

 というわけで、しんみりする話もいくつかありますが、読んでいて思わず、ぷっ、と笑ってしまうような話が大半。生真面目な文章がまた効果的。とにかく読者を笑わそうというサービス精神というかいちびり精神にあふれたエッセイ集です。


タグ:万城目学
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0