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『ラピスラズリ』(山尾悠子) [読書(小説・詩)]

 長らく休筆していた山尾悠子さんの復帰第一作となった連作長篇。単行本(国書刊行会)出版は2003年9月です。

 およそ二十年にもおよぶ休筆期間を経て、ついに書き下ろされた山尾悠子さんの長篇小説です。人形と冬眠者をめぐる五つの物語から構成される連作集で、個々の物語は独立した短篇小説として読むことが出来ます。どの作品にも人形と冬眠者が登場し、その幻想味で読者を陶然とさせるのです。

「これは秋の枯れ葉に始まる春の目覚めのものがたり」

 鬼面人を驚かすようなとてつもない奇想、読者を惑わす華麗で刺激的な文体、そういった若さあふれる初期作品と比べて、非常に落ち着いたというか、抑制の効いた文章、重厚な語りが印象的です。でも、「滅び」に対する執着は変わってないようで、何やかやで背景世界を崩壊させるところが妙に懐かしい。

 まず中央に位置する『竈の秋』が最も長い作品で、中篇のボリュームがあります。ある広大な屋敷に住んでいる冬眠者の一族と屋敷の使用人たちの物語で、冬眠をひかえた忙しい秋の日々を描きます。細部まで書き込まれた屋敷の存在感が素晴らしい。

 多数の登場人物たちがそれぞれの事情で右往左往する様を通じて、煉瓦を一つ一つ積み上げるようにして丁寧に創り上げてきたリアルな感触の背景世界を、地震、疫病、アンデッド、炎に至るまで、あらゆる手を尽くして破壊してゆく強引さも好き。

 『閑日』はその前日譚にあたる作品で、大晦日を前に冬眠から目覚めてしまった少女と、屋敷に長く住みついている幽霊が出会う話。まるで『ムーミン谷の冬』(トーベ・ヤンソン)みたいですが、状況はそんなのどかなものではなく。何しろ冬眠中にこもる棟は墓場のように封鎖されているうえに雪に閉ざされ、しかも内部には食料も暖房も全くないのですから。

 『銅板』はさらに上記二作の導入部となるもので、メタフィクショナルな仕掛けにより人形や冬眠者といった設定を読者に提示して、これから読む物語に対する心構えを促します。

 『トビアス』は、海面上昇によりゆるやかに滅びつつある日本を舞台とした、冬眠者である少女の物語。『青金石』は、聖人と冬眠者である青年、そして天使と奇跡の物語。その幻想的な美しさは感動を呼び起こします。

 個人的には『閑日』と『トビアス』が好きなのですが、それはおそらく、それぞれの脇役である「ゴースト」と「犬」が、とてもけなげで泣かせるからでしょう。初期作品が気に入った読者は迷わず手にとるべき優れた幻想小説です。

[収録作]

『銅板』
『閑日』
『竈の秋』
『トビアス』
『青金石』


タグ:山尾悠子
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