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『NOVA 2 書き下ろし日本SFコレクション』(大森望 責任編集) [読書(SF)]

 全篇書き下ろし新作の日本SFアンソロジー『NOVA』(要は『異形コレクション』のSF版ですね)、その第二弾が出ました。出版は2010年 7月。

 執筆者は12名。『NOVA 1』とは一人も重複していません。どの作品も作者の持ち味が存分に活かされており、読みごたえたっぷりです。いわゆる本格SFだけではなく、むしろ幻想小説、奇天烈小説、すこしふしぎ小説などバラエティ豊かに収録されているので、SFをあまり読んだことのない読者にもお勧め。

 さて、収録作のうち群を抜いて素晴らしいと個人的に思ったのは、津原泰水さんの『五色の舟』と、宮部みゆきさんの『聖痕』です。

 『五色の舟』(津原泰水)は、戦時中の日本を舞台に、奇形や障害者ばかりで構成された見せ物一座を扱った幻想小説。グロテスクで陰惨な設定にも関わらず、決して暗くも猟奇的にもならないところがこの作者の腕前。ラストのしみじみとした哀愁は強く心に響きます。とにかく幻想小説としての出来ばえが素晴らしい。

 ちなみにSFとしては、「くだん」の予言とパラレルワールド(多世界解釈)を組み合わせるという、ありそうでなかったアイデアが冴えています。そもそも幻想小説とSFは必ずしも相性が良いとは言えないような気がするのですが、それを易々とつなげて独自の世界を作ってしまうのが津原泰水さんの凄さで、日本SF界は最近SFづいてるこの作者を手放さないようしっかり捕まえておくべきだと思います。

 一方、社会派ミステリーからSFへと向かうのが『聖痕』(宮部みゆき)。少年犯罪とネット上のプチカルト集団の関係を調査するよう依頼された探偵が、ついに真相にたどり着くという話です。さすが、と唸るしかない見事なストーリーテリング。正義、罪と罰、救済、といった重いテーマに正面からぶつかってゆく物語で、鮮やかなどんでん返しの後に「神テーマSF」へと到達する展開には、もう読んでいてどきどきしました。

 他に良いと思ったのは、恩田陸さんの『東京の日記』。縦書き右閉じで製本されている本書の中に、いきなり横書き左閉じのページが出て来るのですから凄いインパクト、と言いたいところですが、その直前に変態的超絶タイポグラフィー奇天烈小説『夕暮にゆうくりなき声満ちて風』(倉田タカシ)が置かれているので大丈夫です。何が。

 『東京の日記』(恩田陸)は、ある外人が東京滞在中に書いた日記という体裁の作品で、和菓子をはじめとする日本文化との出会いと所感が瑞々しい筆致でゆったりと書かれています。ところが、その背景となっている東京がどうも怪しい。キャタピラと呼ばれる謎の巨大生物(生物なのか何なのか分からない)や発光猫はうろついているし、戒厳令が敷かれているらしく言論弾圧が静かに進行しています。空には大量の伝書鳩。

 言論統制下にある東京の姿は妙に生々しく、しかも状況はどんどん悪化しているらしいのですが、具体的な状況や経緯がよく分からない。ぼんやりと焦点が合わないまま、静かな悪夢の中を四季の移ろいや和菓子の美しさが幻影のように通りすぎてゆく。何とも言えない雰囲気の作品で、いかにも恩田陸さんらしい。

 曽根圭介さんの『衝突』は、天体衝突による地球の破滅から逃れるべく、火星に設置した巨大データセンターに人格をアップロードして保存するという計画(まあ『地球移動作戦』(山本弘)の「セカンドアース」ですね)を背景に、各地で起こる愚劣で悲惨な紛争の有り様を描く作品。

 どの現場にもなぜか同じ「私」がいて、しかもいつも汚れ仕事を押しつけられる、という展開が妙におかしく(ちゃんと理由は説明されます)、人類の尊厳がはぎ取られてゆく様子をシニカルな視点で眺める手法が効果的です。日本SFは既に“ポスト伊藤計劃”時代になっているなあということをしみじみ感じさせてくれました。

 新城カズマさんの『マトリカレント』は、何千年にも渡って海の中で生きてきた不老不死の人々の物語。読み進めるにつれて時代がどんどん進んでゆき、とうとう近未来に。誰もが「海」で自由に生きることが可能であることを知った人々は、続々と陸地を国を組織を捨て、海に還ってゆきます。ちょっと萩尾望都の漫画を連想させる叙情的な作品で、たぶん「海」はネットの暗喩なんだと思います。

 こんな調子で紹介しているときりがないので、最後に奇天烈な作品を二つ。一つは既に言及した『夕暮にゆうくりなき声満ちて風』(倉田タカシ)で、これは何とも強烈なタイポグラフィー。数ページに渡って文字がぐねぐね這い回り、行が複雑に交差して網の目状になっています。見ているだけで頭がくらくらしてくる視覚的インパクト。眺めているのが精一杯で、とても「読め」ませんでした。

 そして法月綸太郎さんの『バベルの牢獄』。これは、作中に登場するトリックをそのまま本自体に仕掛けた『しあわせの書』(泡坂妻夫)とか、わざと乱丁本を装う都筑道夫さんの作品とか、そういう「書籍トリック」とでも呼べそうな作品群の一つ。文字列が印刷されたページが何枚も重ね合わされて作られている、という本の物理形態を悪用するタイプの作品で、『実験小説 ぬ』(浅暮三文)とか、あの辺に近い。

 ただし、さすがに洗練されていて、書籍トリックと話の内容がしっかりかみ合っている上、「意識の鏡面対象体」などSFっぽいアイデアが出てきて SF者を喜ばせるし、「ソーカライズ」(科学技術系の専門用語を文学的なレトリックでねじ曲げ、ある種の隠語として使用する)だの、・・・には暗黒物質が満ちているだの、ギークっぼいギャグも冴えていて、大いに楽しめます。ぜひ電子書籍化してほしい作品。

[収録作品]

『かくも無数の悲鳴』(神林長平)
『レンズマンの子供』(小路幸也)
『バベルの牢獄』(法月綸太郎)
『夕暮にゆうくりなき声満ちて風』(倉田タカシ)
『東京の日記』(恩田陸)
『てのひら宇宙譚』(田辺青蛙)
『衝突』(曽根圭介)
『クリュセの魚』(東浩紀)
『マトリカレント』(新城カズマ)
『五色の舟』(津原泰水)
『聖痕』(宮部みゆき)
『行列(プロセッション)』(西崎憲)


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