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『ヤフー・トピックスの作り方』(奥村倫弘) [読書(教養)]

 一カ月の閲覧数45億ページビュー、訪問者数6970万ユニークユーザー。日本最大級のニュースサイトであるヤフー・ニュース、そしてその看板とも言える「ヤフー・トピックス」。わずか13文字×8本のニュース見出しで株価から世論まで動かす影響力抜群のコーナーを製作している人々は何を考え、どのように仕事をしているのか。その舞台裏を当事者が明かしてくれる一冊です。出版は2010年4月。

 私は新聞を二紙講読していて、朝刊夕刊とも両紙をじっくり読み比べているのですが、それでもヤフー・トピックスは毎日欠かさずチェックしています。硬いニュースと柔らかいニュース(というかネタ)の混ぜ方が絶妙に面白く、ついつい読んでしまうばかりか、参照リンクを辿ってしまうこともしばしば。硬派ばかりでなく、俗悪でもない、このバランス感覚がヤフー・トピックスの魅力ではないでしょうか。

 というわけで、ヤフトピの「中の人」が書いてくれたのが本書。全体は5つの章に分かれています。まず最初の「1章 トピックスの作り方」では、年365日24時間体制で常時稼働しているトピックス編集部のある一日をとりあげて、どのような仕事をしているのかを具体的に教えてくれます。

 また、編集部の中核メンバーは30歳前後であり、男女比はほぼ半々、新聞記者などジャーナリストとして働いた経験のあるメンバーが多いこと、など「どのような人々があのトピックスを選んでいるのか」という素朴な疑問に答えてくれます。

 「2章 13文字の作り方」では、トピックスの見出し13文字(正確には半角英数字含めて13.5文字)をどのような基準で決めているかを教えてくれます。といっても最初から「クリックされる見出し作りのノウハウや魔法のような修辞法などは、実はまったく持ち合わせていないというのが正直なところです」(p.71)と身も蓋もなく打ち明けてくれるのですが。

 京都大学の研究によると、視線を動かさずに一度に知覚できるのは9から13文字までだそうで、13文字の見出しというのは一目で把握できるぎりぎりの長さだということが分かります。

 見出しで注意しているのは、読者に対して誠実であること。つまり内容からかけ離れた詐欺みたいな見出しを付けたり、煽情的になる「!」は使わない、など。実際、見出しに「!」を使用したことは一度もないそうです。他にも長い国名をどうするか問題(シンガポール:6文字)、説明なしでは判別できない人名(野村:証券会社か、野球監督か)など、わずか13文字でどうやって内容を伝えるか、興味深い苦心と工夫の数々が明かされます。

 そして最も重要なのが「3章 コソボは独立しなかった」です。まず章のタイトルからして?ですが、実は「コソボ独立」というビッグニュースがトピックスに占めたアクセスシェアは全体のおよそ2%、つまりほぼ無視されたという逸話からきています。

 これは実は大きな問題で、トピックスの記事のうちエンターテインメント、スポーツ、国内ニュースの3ジャンルだけでアクセスシェア60%を占めており、他の政治・経済・国際など「硬い」ニュースはほとんど読まれない、というのです。ニュースサイトにとってはページ閲覧数に応じた広告費が収入となりますから、利益を増やすために、この3ジャンル、それも多くの読者の好奇心を満たす下世話な記事ばかり掲載したくなるわけです。

 実際、どことは言いませんが、バカと暇人向けらしいサイトや、炎上情報とネットいじめ支援で頑張っているサイトなど、このパターンにはまって低俗化していったニュースサイトは数多いように思えます。

 そんな中で「私たちトピックス編集部は、閲覧数では測れない社会的な価値をコソボや普天間のニュースに感じているからです。そして読者に対して誠実であることは、会社にとっても長期的な信頼と利益につながると信じているからです」(p.123)と語るヤフー・トピックスの見識はさすが。

 ただ、会社の経営が苦しくなってもその信念を曲げずにいられるのか、ジャーナリズム畑で働いたことのあるメンバーが引退してもその方針は堅持されるのか、読者としては色々と気になりますけど。

 この低俗化と記事劣化の問題は、「4章 既存メディア、ネットメディアとの関係」でも引き続き論じられます。「こうした現状はニュースに携わる人間の社会的な責任や倫理観を引きずり下ろす力を持っています。前章で見たように、読まれれば何でもよいという志を失った状態を受容させるのです」(p.133)とあるように、読まれた記事とそうでない記事がリアルタイムにはっきり分かってしまう(そして読まれた記事だけで広告収入が決まる)ネットニュースが抱えている大きな課題がこれでしょう。

 その上で、ニュースの本来的な価値とは何か、というテーマが論じられ、最後の「5章 トピックスに載るニュース載らないニュース」へとつながります。自社の話題をヤフー・トピックスに取り上げてもらうにはどうすればよいか、というよくある質問に対して、結局は小手先の工夫ではなく、企業活動を通じて社会に貢献してゆくという情熱や信念に支えられた情報を出さなければ駄目だ、という回答がなされています。

 全体を通読して感じたのは、ヤフー・トピックス編集部は思っていたより(すいません)ずっとまともで立派な見識を持っているんだな、ということ。ジャーナリズム精神をたたき込まれたメンバーが中核を担っているからでしょう。ただ、本書で再三言及されるネットニュース低俗化の問題は確かに深刻で、トピックス編集部でさえ結局は精神論めいた対策しか示せないという現状に危機感を覚えざるを得ません。

 よく「ネットが新聞(に代表される大手マスコミ)を駆逐する」ということを、まるでそれが世の中の正しい趨勢であるかのように語る人がいますが、この問題に対する明確な解決なしにずるずると新聞が淘汰され(または新聞がネットニュース化して)誰も取材してない記事ばかりが流れるニュースの未来像を想像すると、、かなり不安になるのです。


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