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『魚神』(千早茜) [読書(小説・詩)]

 先日読んだ『短篇ベストコレクション 現代の小説2010』に収録されていた『管狐と桜』(千早茜)に感心したので、同じ作者の長篇小説を読んでみました。第21回小説すばる新人賞、第37回泉鏡花文学賞を受賞した作者のデビュー作です。単行本出版は2009年1月。

 タイトルは、『釣りキチ三平』世代なら「ぎょしん」と読んでしまうでしょうが、これは「いおがみ」と読みます。魚の神たる巨大な雷魚と一人の美しい遊女の恋物語、という伝説をなぞるようにして、ある島に捨てられた姉弟の物語が展開します。

 語り手となるのは姉です。弟と引き離され遊廓に売り飛ばされた彼女は、弟の思い出だけを心の支えにして、辛い日々をやり過ごしています。ところがあるとき、弟が重要人物を殺めて遁走したという噂が流れます。憎からず思っていた常連客が実は追手で、弟を見つけて始末するために自分を見張っていたというのです。こうして、彼女は弟をめぐる血なまぐさい争いに巻き込まれてゆくのですが・・・。

 いかにも陳腐な設定とストーリー展開ですが、意外にも読んでいてベタな感じはしません。語り手である姉をちょっと人外の存在(弟もそう)にして、遊女哀歌みたいな泣かせ話に流されないようにしているのが巧い。

 全体を見渡すと、姉弟の絆をめぐる神話的な物語と、いかにも時代劇めいたスリリングな抗争劇、ファンタジーとしての幻想的な情景が、絶妙なバランスで溶け合っていることに感心させられます。

 水底に沈んだように静かで幻想的な前半とラストとの間に、ドラマチックな修羅場のシーケンスや派手な大立回りがはさまって、これで全体の統一感が崩れないという構成力は凄い。曖昧な雰囲気で逃げたりせず、輪郭のくっきりしたきれいな文章を丹念に積み重ねることで神話的世界を見せてしまうあたりにも、並々ならぬ技量を感じさせます。

 デビュー作でいきなり泉鏡花文学賞を受賞というのに驚きましたが、確かに新人とは思えない完成度で、いったいこれからどういう作品を書いてゆくのか、不安と期待がかき立てられます。次の単行本が楽しみです。


タグ:千早茜
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