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『科学技術は日本を救うのか』(北澤宏一) [読書(サイエンス)]

 80年代後半の高温超伝導フィーバーの火付け役である科学者が、日本の経済と科学技術政策について論じた一冊です。出版は2010年4月。

 全体は四つの章に分かれています。

 まず「第1章 世界トップクラスを走る日本の科学技術」では、GDPに対する研究開発費の割合は米国や韓国よりも日本の方が多い、その研究予算の配布に競争原理を導入したことで論文参照件数で見て世界トップクラスの成果が次々と出ている、大学からの特許出願件数は大幅にのびて年間一万件を突破している、といったことを紹介して、日本の科学技術力は捨てたものではないということを強調します。

 続く「第2章 日本経済長期停滞の真相を探る」では、これだけ技術力もイノベーションもあるのにどうして日本経済はうまく回ってないのか、どうすれば景気を回復することが出来るのか、そもそも長期低迷の原因はどこにあるのか、という点を論じます。

 そして「第3章 「第4の価値」が若者に夢を与える」では、環境保護や資源・エネルギー問題の解決など、社会的・精神的な価値を生み出す技術を推進することで、若者が夢を持って課題に取り組めるようにしよう、という思いを熱く語ります。

 ここまでの話は、さほど目新しいものではありません。ところが、ところが、本書の真価が発揮されるのは、「第4章 科学技術による「地球防衛隊」構想」からなんですよ。

 まず他の章と比べるとタイトルからして跳んでますが、内容の方もまた。

 若者に夢を語りたいということで、地球規模の問題を科学技術によって解決する「地球防衛隊」を創ろう、君も隊員になって地球を守ろう、と訴えます。数十ページ前まで税率や貿易黒字や個人金融資産がどうのこうのと辛気臭い話をしていたのに、いきなりすこーっんと抜けた感じがします。文章まで軽くなってゆきます。

 そして具体的な目標として「超伝導で地球を防衛する」と言い出します。著者は高温超伝導の研究者ですからここで超伝導が出てくるのは当然でしょうが、しかし「地球を防衛する」と言われても読者としては戸惑います。

 もちろんそれはスローガンで、実際の計画は「サハラ砂漠を太陽電池で覆い、そこで生み出される電力をロスのない超伝導ケーブルを使った地球電力ネットワークで世界中に送電してエネルギー問題を解決する」という壮大なもの。 

 若者に夢を与えるための壮大な計画、という主旨は分かりますが、個人的にはニコラ・テスラの世界システム(電磁波ネットワークにより世界中に電力を送電する計画)を連想して、ちょっと引いてしまいます。

 しかし、イキオイがついた著者の筆は止まりません。こうして地球のエネルギー問題を解決した超伝導地球電力ネットワークがあれば、やがて地球を襲うであろうポールシフト(地磁極反転)にも対抗できるのである。出たっ。

 ポールシフトが近づくにつれて地球の磁場は弱まってゆき、このままだとあと750年で磁場強度は現在の半分になってしまう。地表に降り注ぐ宇宙線。人類危うし。そのとき地球防衛隊長が「こんなこともあろうかと」と言いながら超伝導地球電力ネットワークに永久電流を投入。

 計算によると、わずか1000万本(!)の超伝導ケーブルが地球の赤道をぐるりと取り巻けば、地球磁場を復元することが出来るそうです。こうして地磁気は復活。宇宙線インベーダー(本書で使われている用語)から地球は守られたのであった。ありがとう地球防衛隊。喜ぶ子どもたちの頭上には、美しいオーロラが。

 こうなると『科学技術は日本を救うのか』というテーマからはるかに離れてしまって唖然とさせられます。第3章までは予算配分について非常に現実的というか地道な話をしていたのに、(地球に一千万本の超伝導ケーブルを巻きつけるのは)「かなり大変ではありますが、万里の長城をこれからつくるつもりになればなんとかなる」(p.249)とか大雑把なことを言われても。

 というわけで、科学技術と経済について地味に語っているうちにストレスがたまった科学者が、「若者よエジソンを目指せ」と発破かけようとしてうっかり「テスラを目指せ」と叫んでしまったような一冊。著者の狙い通り、就活で疲弊している若者たちが地球防衛隊構想に目を輝かせ、未来への夢と希望と超伝導を熱く語るようになれば幸いだと思います。


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