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『SFマガジン2010年6月号 特集:スチームパンク・リローデッド』 [読書(SF)]

 SFマガジン2010年6月号の特集は「スチームパンク・リローデッド」ということで、英米における最近のスチームパンクをめぐる状況を紹介すると共に短篇4篇を訳出してくれました。

 巨大なネジ、ゼンマイ、歯車、ピストンなどで構築され、しばしば蒸気をしゅうしゅう吹き出しながらドシンドシン音を立てて移動する重量感あふれるメカ。その上を軽やかに飛び回る飛行船団。薄暗いガス灯の下を馬車が走り、オートマトン(機械人形)がぎくしゃく歩く。

 十九世紀の英国をモデルにしながら、科学と魔法がいま一つ区別されておらず、世界は驚くべき新発明に満ちており、ワットやスチーブンソンが切り裂きジャックやホームズと共演する。そんなスチームパンクの世界。

 正直に言うと、個人的にはスチームパンクは別に好きではないし、それほど興味もないのですが、ただ、このジャンルには、ときどき途方もないバカ SFがなにげない顔をして紛れ込んでいることがあるので、無視することも出来ません。

 まず、小川隆さんによる「特集解説」ですが、いきなり冒頭から「いやはや、すでにお気づきのかたもいるだろうが、スチームパンクがすごいことになっている」という一文から始まっていて、思わず引き込まれます。どうすごいことになっているのか気になる方は、ぜひお読み下さい。

 英米では、すごいことになっているだけではなく、色々と混乱も起きているようです。

 上記解説によると、『ディファレンス・エンジン』(ギブスン&スターリング)が最高傑作だと言う者もいれば、あれはSFであってスチームパンクではないという者もいる。ゲイル・キャリガーのベストセラーシリーズ『チェンジレス』をスチームパンクだと絶賛するものがいたかと思うと、あれはガスライト・ファンタシイでスチームパンクではないという反論がある。最近SFマガジンに次々と翻訳が掲載されて日本でも注目が集まっているパオロ・バチガルピの『ねじまき少女』はスチームパンクかそれともポスト・サイバーパンク・リアルSFか、熱い論争が起きている。

 そんなんどっちでもいいやん、とか読んでもいない人がそんな無責任なこと言っちゃいけないんだろうな。とりあえず翻訳を待ちます。

 というわけで、翻訳短篇に進みます。

 まずはジェフ・ヴァンダーミアの『ハノーヴァーの修復』。天才技術者である主人公は、自分の発明が戦争に使われるのが嫌になって帝国を脱走。とある小さな村にたどり着いて、そこで素性を隠して一介の修理屋として静かに暮らしていた。そこに持ち込まれたのがハノーヴァーと名付けられたオートマトン。嫌な予感を覚えながらも修理してしまう主人公。ついにハノーヴァーが起動したとき、大いなる悲劇が襲ってくるのだった。

 うーん。そのまんまというか、典型的な主人公、典型的なストーリー展開、そして典型的な小道具。陳腐な作品としか思えませんが、もしやスチームパンクというジャンルに全然なじみのない読者のための入門用に掲載されたのでしょうか。

 次はジェイ・レイクの『愚者の連鎖』。こ、これは、すごい。中華帝国に支配された地球。その赤道上には大気圏外までそびえ立つ歯車の「歯」があり、その歯が天空軌道とかみ合うことで、天体の運行と地球の自転が連携するという巨大クロックワーク(ゼンマイ仕掛け)宇宙。

 その地球歯車に沿って天空の彼方まで伸びる超巨大な「鎖」。地球の自転に合わせて上り、反対側では下る、その「鎖」にフックを引っかけてぶら下がることで運行するバケツ船。何日も、何カ月も、ときには何年もかけて、「歯」の上の方にある町と、下の方にある町を行き来し、交易を行うそのバケツ船に着任した新任船長。彼女を待ち受けていたのは、垂直に伸びる巨大鎖の表面に住みフックで移動して船を襲撃してくる鎖海賊との白兵戦だった。

 実のところストーリーは大層くだらないのですが、とにかく設定一発でやられてしまう作品です。同設定で書かれた長篇シリーズのスピンオフ短篇だそうで、紹介によると、地球を回転させているゼンマイがゆるんできたので巻きなおすべく(高橋葉介さんの『ミルクがねじを回す時』ですな)旅立つ少年を主人公とした秘境冒険SFとのこと。わあ、ぜひ訳してほしいものです。こういう素敵なバカSFがときどき紛れ込んでいるから、スチームパンクというジャンル、あなどりがたし。

 お次はシェリー・プリーストの『タングルフット ぜんまい仕掛けの世紀』。少々ボケてきた天才技術者である老人の元で見習い技師をやっている少年が主人公。寂しい彼は自分でオートマトンを作り上げる。後にタングルフットと呼ばれることになるその機械人形を友達とする少年。ところがタングルフットは勝手に自分で自分のゼンマイを巻き、動作スイッチを自らオンにして歩き回るようになってゆく。そして、ついにある夜、タングルフットは恐ろしい事件を引き起こしたのであった。

 ホラー風味の好短篇なのかも知れませんが、何しろ『ねがい』(楳図かずお)そのまんまの展開なので、どうしても迫力不足というか、物足りなく感じてしまいます。

 最後はジョージ・マン『砕けたティーカップ モーリス・ニューベリーの事件簿』。密室の中で死んでいた貴族。室内を歩き回る機械仕掛けのフクロウ、机の上にはダイイングメッセージ。名探偵モーリス・ニューベリーがこの謎に挑む。

 冗談というかパロディだろうと思って読み進めたら、本当に古めかしい探偵小説なので驚きました。ミステリとしては正直つまらない出来だし、スチームパンクっぽい小道具(機械梟)のからませ方も不満。モーリス・ニューベリーや警部の人物造形もあまりに典型的すぎて魅力が感じられません。紹介によると彼を探偵役とするミステリシリーズものの一篇なんだそうですが、うーん。

 というわけで、個人的には『愚者の連鎖』が読めたので満足というか、これだけ読めば他はいいんじゃないでしょうかというか。あとは、翻訳が出ている作品がずらずら紹介されている『スチームパンク・ブックガイド』が役に立ちます。そうかウエルズの『タイムマシン』はスチームパンクだったのか。

 余談になりますが、先月号の『クトゥルー新世紀』特集の解説を読んだ方は、ぜひ今月号の読者欄『てれぽーと』に森瀬綾さんが書いている指摘(ダーレスに関する記述の不正確さ、テーブルトークRPG『クトゥルフの呼び声』の背景設定に関する記述の誤り、など)にも目を通しておくことをお勧めします。


[掲載作品]

『ハノーヴァーの修復』(ジェフ・ヴァンダーミア)
『愚者の連鎖』(ジェイ・レイク)
『タングルフット ぜんまい仕掛けの世紀』(シェリー・プリースト)
『砕けたティーカップ モーリス・ニューベリーの事件簿』(ジョージ・マン)

[特集記事]

『もうひとつの十九世紀 つきせぬスチームパンクの魅力』(ネイダー・エルヘフナウ)
『コルセット宣言』(キャサリン・ケイシー)
『スチームパンクのサウンドトラックって何?』(ブライアン・スラタリー)
『スチームパンク・ブックガイド』(卯月鮎、尾之上俊彦、柏崎玲央奈、三村美衣)
『特集解説』(小川隆)


タグ:SFマガジン
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