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『ミドルワールド -動き続ける物質と生命の起原』(マーク・ホウ) [読書(サイエンス)]

 私たちが日常的に体験している、ニュートン力学に支配されるスケール=マクロワールド。陽子や電子など素粒子が相互作用している、量子力学に支配されるスケール=ミクロワールド。その間に広がっている謎めいた領域、ブラウン運動に支配されるスケール=ミドルワールド。この驚異の世界と、それを探求してきた科学者たちの歴史を解説してくれる一冊。単行本出版は2009年12月です。

 ミドルワールドで活動しているものとしては、細胞、ウイルス、筋肉、合成高分子、天然樹脂などがあります。その特徴は、構成分子が常に動き続け、その形状はランダムに変わり、挙動は因果律より統計学に支配されていること。一言でいうなら、ブラウン運動が全ての前提となる世界です。

 本書は、これら「ミドルワールドの住民」にとってブラウン運動がどれほど本質的なものであるかを示し、その認識なくしてこのスケールで生ずる事象を理解することは出来ない、ということを明らかにしてゆきます。

 まずは「ブラウン運動」(花粉が破れて中から出てくる微粒子が、水中で勝手にランダムに動き回っているという現象)を発見したロバート・ブラウンの物語が語られ、続いてニュートン的世界観の確立、熱力学の発展、統計力学の登場、そしていよいよアインシュタインによるブラウン運動の解明へと続きます。ここまでが前半。

 後半は、分子レベルのランダムな動きが生命にとってどれほど重要であるかを具体的に解説してゆきます。例えば、タンパク質はその立体構造により機能が定まるのですが、その立体構造が“自発的に”実現されるのは、ブラウン運動のおかげなのです。

 血中で酸素を運搬しているタンパク質は、静止構造をいくら調べても酸素分子が出入りする“穴”がありません。実は、ブラウン運動による立体構造の瞬間的なゆらぎによって酸素分子が通れるだけの隙間が出来るのです。この仕組みによって、内部の鉄分と酸素との結合・分離の頻度を調整しているのです。

 ミドルワールドに関する最新の発見も面白いのですが、それを研究するために使われる技術、いわばミドルワールド探査装備がまた興味深い。例えば、光ピンセット。これは、レーザー光により微小対象物を補足し、また一定の力を加えることが出来る技術です。

 光ピンセットや特殊顕微鏡などのテクノロジーを駆使することで、筋肉が働くとき分子レベルで何が起きているのか、DNAを複写するタンパク質マシンがどのように動いているのか、化学エネルギーを運動に変換する分子モーターはどのように機能しているのか、そういった謎が次々と解明されてゆく様は驚異的です。

 ではミドルワールド探求の果てに待っているものは何でしょうか。

 一つはかつてミドルワールドで起こった革命、すなわち生命の起源を解明することです。ブラウン運動が支配するランダムな分子挙動にこそ、その秘密が隠されているに違いありません。

 そしてもう一つの目標は、機能する分子マシンを人工的に創り出すこと。その設計は、マクロワールドの精密機械工学とは全く異なり、ランダムな動きが全てであり、構造も挙動も何もかも統計的にしか制御できない、そんな環境を徹底的に活かしたものになるはずです。

 というわけで、「ブラウン運動」という地味に思える現象を通じて、分子生物学における最近の発見から生命の起源、そしてナノマシン設計思想に至るまで、さまざまなトピックを統一的に解説するという野心的な本です。

 説明が迂遠過ぎてもどかしく感じる部分、逆にせっかち過ぎて不満を覚える部分など、ポピュラーサイエンス本として手際が良いとは言えず、翻訳もこなれてなく文章は読みにくいと感じるのですが、それでも内容の面白さで最後まで楽しめました。


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