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『蟋蟀(こおろぎ)』(栗田有起) [読書(小説・詩)]

 栗田有起さんの最新短編集。単行本出版は2008年9月です。

 収録作に共通しているのは、タイトルに動物の名前が折り込まれていること。そして、ごくありふれた設定からとんでもない展開を引き出して、例によって何の決着もつけずにすっと終わり、読者を困惑の中に置き去りにしてしまうこと。丁寧で読みやすい文章と内容の“変さ”との落差が、いつものように素晴らしい。

 例えば、大学の助教授と秘書の恋という陳腐な題材が、栗田有起さんの筆にかかると、こうです。

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あああ、もう、たまらないわ。
先生。先生。
これから連続側転するから、見ててください
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『あほろーとる』より(単行本p.35)

 というわけで、愛らしい秘書は「ほとんど助走もつけずにくるくると床を回りはじめた」わけです。その愛の告白(だと思うたぶん)に感じ入った助教授が求婚すると(性急すぎると思う)、彼女はショックのあまりアホロートルになってしまい(唐突すぎるかも知れない)、「あっというまに、泳いでいるメダカをぜんぶ食べてしまった」。

 例えば、主人公はエリートビジネスマンの妻。彼女は社宅内の人間関係に疲れて欲求不満をため込み、気分転換にとサークル活動に参加する。その先の展開なんて分かり切ってるよと読者は思うでしょうが、そこは栗田有起さん。

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「にゃにゃにゃにゃにゃー」「にゃにゃにゃにゃにゃー」
 部屋に通されるなり、ほうぼうからそんな声が上がる。すでに大勢の奥様方がその場に集まっておられた。
「にゃにゃにゃにゃにゃー」
 にこやかに、神崎さんも答える。
「さ、田村さんも、ご挨拶を」
「あ、にゃにゃにゃにゃにゃー」
「にゃにゃにゃにゃにゃー」
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『猫語教室』より(単行本p.77)

 というわけで、どの作品もいかにも陳腐なシチュエーションから始まって、何とも言えず奇妙な、ときには超現実的な展開になるのですが、それが肩肘はらないリラックスした文章で、いかにも日常的な光景として書かれます。

 たいてい話はあっちに行ったきり戻ってこないのですが、決してファンタジー作品にはならず、最後までありふれた一般小説のふりをし続ける。読者は、うっかり陳腐な感動を覚えてしまい、舌打ちするはめに。

 この不思議ちゃん小説の奇妙な味は、やっぱり向き不向きはあるかと思いますが、私なんかもう癖になってしまいました。はたして、これからもこの路線を続けるのか。どきどきしながら次の単行本を待つことにします。

[収録作品]

『サラブレッド』
『あほろーとる』
『鮫島夫人』
『猫語教室』
『蛇口』
『アリクイ』
『さるのこしかけ』
『いのしし年』
『蟋蟀』
『ユニコーン』


タグ:栗田有起
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