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『王様は島にひとり』(池上永一) [読書(随筆)]

 大作『テンペスト』が大いに話題になった池上永一さんの第2エッセイ集。出版は2010年1月です。

 前作『やどかりとペットボトル』の出来がいまひとつだったので、ああこの人はエッセイは苦手なのかと思って、あまり期待もしないで読み始めたのですが、何とこれがもう目茶苦茶に面白くてユーモラスで勢いにあふれた快作。嬉しくて仕方ありません。

 中心となるネタはもちろん沖縄。

 例えば、沖縄のバスは「時刻表はあるけど、目安にもなっていない」のだそうです。

「実際にバスに乗ると客が降りる場所をあれこれ指示しているのである。特にオバァ。自宅前まで進路を迂回させ、一方通行の標識を無視して直進するように指示していた。さすがに路地に入れないとわかると不満たらたらに下車していった。まるで牧歌的バスジャック犯だ」(単行本p.23)

というだけでも相当におかしいのですが、続けて

「バス停のない所にバスを停める、というのも大胆だが、オバァが降りた後に乗車した女子高生が二人いたことにも驚く」(単行本p.24)

という駄目押しで、思わず吹き出してしまいました。

 こんな感じで沖縄の習慣や文化、風土が楽しげに語られてゆきます。もちろん大阪人が大阪の変なところを嬉しげに吹聴するのと同じで、郷土愛がひしひしと感じられ心地よく読めます。

 沖縄に帰ったときには儀式(祖先と神と精霊への挨拶)にたっぷり三日かかるとか。本土在住の沖縄出身者を沖縄料理店につれて行ってはならない、とか。昨今は沖縄における地域共同体のシャーマンである“ユタ”にキワモノというか自己実現系(スピリチュアル系)が増えたとか。

 「十七次元宇宙の神と交信している」というユタと会って、地球温暖化を防止するためのCDを聴く、といった“取材”を律儀にやるのがおかしい。

「十七次元世界は破綻しているなあというのが正直な感想です」(単行本p.79)

 というわけで気に入った箇所を引用しているとキリがないのでここらで止めておきますが、とにかく最初から最後まで沖縄ネタで楽しめ、沖縄の精神風土について知ることも出来るし、何よりそのユーモアで笑わせてくれる一冊です。『テンペスト』(傑作です)の背景や取材、執筆についても触れられているので、同書のファンにもお勧め。

 なお、前作『やどかりとペットボトル』の最後に追加された「その後の愛人ラーメン」は、「このリベンジは次回のエッセイ集で必ず!」という一文で終わっていますが、今作では巻末特別書き下ろし「さよなら愛人ラーメン」を追加することでその約束を果たしています。こういう妙な律儀さが好き。これからも池上永一さんのエッセイ集の巻末には必ず「愛人ラーメン」最新情報あり、というのを恒例にしてほしいものです。


タグ:池上永一
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