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『ラウィーニア』(アーシュラ・K・ル=グウィン) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 『西のはての年代記』の後に書かれた、現時点におけるル=グウィンの最新長編です。単行本出版は2009年11月。

 古代ローマの詩人ウェルギリウスが書いた叙事詩『アエネーイス』。ラテン語文学の最高峰とされるこの作品をもとに、その登場人物である女性ラウィーニアの人生を描いた長編小説です。

 本書の語りは高度に技巧的で、いわゆるメタフィクションの技法に慣れてない読者は最初は少し戸惑うかも知れません。

 古代イタリアの王女ラウィーニアは、詩人ウェルギリウスが創作した人物です。彼女は作中でウェルギリウスに出会う(!)ことで、自分が叙事詩の登場人物であるということを知ります。二人はもちろんラテン語を話します。一方、その彼女の人生を回想しながら英語で語る「声」はル=グウィンの創作物です。

 このように、叙事詩の中を生きている人物と、それを記憶として語る時間を超越した存在、この二つの視点を適宜切り換えることで、必ずしも起こった出来事を時間順に記す必要はなくなり、「はるか昔に書かれた偉大なる叙事詩」と「今ここで生きている女性の人生」を同時に表現することに見事に成功しているのです。熟達の技といって良いでしょう。

 本書には特に章立てはないのですが、大きく3つのパートに分かれるように思われます。

 最初のパートでは、前述したような小説としての構造が明らかにされ、また私のように叙事詩『アエネーイス』について知らない読者のためにウェルギリウス本人が内容紹介をしてくれるという親切設計。ありがたいことです。

 自分の人生がいわば虚構であり、運命は完全に定まっていてどんなに努力しても変えられないという冷酷な事実を理解しつつ、それでも日々を精一杯生きてゆくラウィーニアの姿に好感を持たずにはいられません。

 真ん中のパートでは、『アエネーイス』の後半で描かれた戦闘が扱われます。前作『西のはての年代記』ではあえて詳しく書かれなかった古代における都市包囲戦のありさまが、本作では詳細に叙述されます。神話や英雄譚ではなく、一人の女性が見た戦争の様子なので、その悲惨さ、愚かさが強調されています。

 最後のパートは、『アエネーイス』のラストを越え、ラウィーニアのその後の人生が描かれます。個人的にはこの部分に最も感銘を受けました。運命に翻弄されながらも決してあきらめないラウィーニア。ついにその人生も終わり、そして「声」だけが残る静かなラスト1ページには、いやもう涙ぼろぼろでした。うーん、どうやったって、あれは泣きますよ。

 最初のパートを乗り越えれば、あとは一気呵成。何がどうなるかあらかじめ説明されているにも関わらず、いやそれゆえに、先が気になって気になって途中でやめることが出来ません。圧倒的に面白い波瀾万丈の物語であるとともに、「人の敬虔さとは何か」ということについて深く考えさせる作品でもあります。

 本書については、ル=グウィンの最高傑作、という評価も聞こえてきます。帯にもそう書いてあります。読む前は半信半疑でしたが、読み終えた今となっては納得です。『西のはての年代記』に感銘を受けた方は、こちらもぜひお読みください。


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