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『傷はぜったい消毒するな -生態系としての皮膚の科学』(夏井睦) [読書(サイエンス)]

 怪我や火傷の手当てとして従来から行なわれてきた「消毒薬で傷口を殺菌してからガーゼ等を当てて乾燥させる」という伝統的治療法を真っ向から否定し、消毒も乾燥もさせないことで、より早く痛みも少なく治すという新しい治療法「湿潤療法」。その提唱者が書いた一冊です。出版は2009年6月。

 湿潤療法(湿潤治療)について詳しく説明している本だと思っていましたが、実はその解説および実践方法については最初の2章(実質20ページ強)に短くまとめられており、しかもこの部分はネットで簡単に調べられる内容なので、とりあえず湿潤療法について知りたいだけなら、わざわざ本書を読む必要はないと思います。(“湿潤療法”で検索してみて下さい)

 では残りのページに何が書いてあるかと言うと、まあ「新しい治療法を受け入れようとしない旧弊な医学界に対する苛立ち、憤りをぶちまける怒濤の200ページ」というところ。

 まず湿潤療法のメカニズムを示し、その一方で消毒乾燥という古い治療パラダイムがどのようにして生まれ広まったのかその歴史を述べ、大学病院の体質批判、そしてパラダイム・シフトの必然性を声高に訴える、というのが3章から9章までの内容です。

 天動説vs地動説を引き合いに出してくるなどやたらと大仰な、疑似科学系トンデモ本にありがちな文体と展開には正直言って少々鼻白んでしまいますが、著者自ら「医学界に一方的に喧嘩を売りまくる本」(p.300)と公言しているので、おそらくやむにやまれぬ心情で吠えながら書いたのでしょう。ちなみに内容そのものには納得がゆきます。

 個人的に最も興味深かったのはむしろ最後の10章と11章で、ここでは「私たち人間は皮膚表面に住んでいる細菌と共生している」という観点から、新しい皮膚像を示してくれます。

 最後は「神経伝達物質は原初、創傷治癒物質であり、創傷治癒物質としての特性がそのまま神経伝達物質として転用されたという仮説」(p.265)に至るという、もはや湿潤療法からはるかに離れた雄大なトピックになだれ込んでゆきます。

 本の構成としてはちょっと破綻しているかも知れませんが、実はここが本書の読み所だと思います。その仮説を思いついたきっかけが『皮膚は考える』(傳田光洋)だというのも素晴らしい。傳田さんの本で妄想、じゃなくて、意欲をかき立てられる研究者が出てくるだろうという予感はしてたのです。

 というわけで、湿潤療法についての実用書、医学書というより、皮膚科学に関する様々なトピックを取り上げたサイエンス本という印象の強い一冊。『皮膚は考える』に始まる傳田光洋さんの一連の皮膚科学シリーズに感銘を受けた方にもご一読をお勧めします。


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