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『排出取引』(天野明弘) [読書(教養)]

 地球温暖化対策に向けた国際協力の切り札として注目されている排出取引制度について、その基本的な考え方、歴史、各国における取り組み状況などについて包括的に解説してくれる一冊です。出版は2009年8月。

 温暖化ガスの排出取引メカニズムについてはじめて聞いたときには、何となくうさん臭いというか、金で排出権を買って“削減しました”と言い張るための抜け道ではないかとか、結局はマネーゲームに堕するんじゃないかとか、そんな気がしたものです。推進していたのが米国だということも、そういった先入観に拍車をかけていたような気がします。

 池上永一さんの小説『シャングリ・ラ』では、二酸化炭素排出取引市場の暴走と投機的な「炭素マネー」が世界経済の破綻を引き起こす様子が戯画的に書かれていたりするのを見ても、前述したような不信感を持ったのはおそらく私だけではないのでしょう。

 ところが本書できちんと勉強してみると、この制度が古くから試行されており、しかも極めて有効な結果が得られていること、当初は排出取引に対して否定的だったEUがその有効性を認め制度構築に積極的に乗り出していること、などの事実を知って、イメージがガラリと変わりました。

 まず排出取引という制度は「京都議定書の議論の中で米国が思いつきのように提案してきたもの」では決してなく、実に1970年代に試行された取り組みをベースに改良を重ねてきた、効力を発揮するための条件や限界や課題などかなり明らかにされているシステムであることに感銘を受けます。

 今日までに「経済成長を妨げることなく環境汚染を減らす」という困難な目標を達成した実績があることも率直に言って大いなる驚きで、例えば発電所の発電量を増加させつつ汚染物質の排出量を劇的に減らすことに成功したデータなどを見ると、その説得力に唸らされます。

 「削減を強制する」という発想から、「削減すればするほど利益が出る」という方向で欲を刺激する(動機を与える)という発想へ転換することで、これだけの成果が出るとは。

 本書は、まずこのような歴史的な取り組みについて詳しく解説し、さらに排出取引が効果を発揮するには関連する複数の政策とミックスする(政策パッケージ)が大切であること、などの基本的な議論を踏まえた上で、現在の温暖化対策の中での議論、そして米国やEUの取り組みを詳細に解説してくれます。ここに至るまでに多くの人々が払ってきた努力を知ると、まことに頭が下がる思いがします。

 文章は比較的硬く、内容を正確に伝えるための専門用語も頻出するので、何も考えず気楽に読めるというわけにはいきません。論旨展開も、ときおりじれったく感じるほど慎重で、例えば「エミッションズ・トレーディング」の訳語として新聞などで使われている「排出権取引」や「排出枠取引」といった訳語がなぜ不適切であるか、といった議論に数ページ割いていたり。

 しかし、こうした隙のないきっちりした構成で積み重ねてゆく解説を、自分で考えながらじっくり読み進めることで、排出取引をめぐる状況や課題を雰囲気だけではなく具体的に理解することが出来ます。それだけの価値はあります。

 排出取引について「何となくうさん臭い、詐欺まがいの手法ではないのかしらん」というイメージを持っている方に、是非ご一読をお勧めします。


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