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『イラハイ』(佐藤哲也) [読書(小説・詩)]

シリーズ“佐藤哲也を読む!”第1回。

 特に理由はありませんが、佐藤哲也さんの著作を出版順に読んでゆくシリーズを始めます。これまでに読んだ作品もこの機会に再読します。

 今回は、第5回ファンタジーノベルズ大賞を受賞した佐藤哲也さんのデビュー作、『イラハイ』です。単行本出版は1993年12月、私が読んだ文庫版は1996年10月に出版されています。

 これは架空の王国「イラハイ」の誕生から滅亡までの歴史を、主にその愚行に焦点を当てて記述した叙事詩です。しかし、これが何と、全くの冗談を大真面目な文体で書きつらね、読者をどこまでも徹底的に愚弄するような本。無意味でシュールで滑稽な愚行の数々を、恐るべき密度でぎゅうぎゅう詰め込んだ怪作なのです。

 ヘロドトスのような大仰な叙述、ソクラテスのようなもったいぶった問答法、ソフィストのようなねじれた論法、そしてアイスキュロスのような波瀾万丈に過ぎる筋立て。古代ギリシア風の格調高く大真面目な筆致でモンティ・パイソン風のナンセンスギャグをえんえん300ページに渡って書くという、そのあまりの愚行っぷりに声を失う読者も多いかと思われます。

 しかし、これがつまらないかと言えば、実のところ異常なほど面白い。読んでいて思わず噴き出してしまいます。ここまで馬鹿馬鹿しいことを、ここまで精根込めて書くという、その筆力の圧倒的な無駄づかい。それを読む贅沢。

 ただ、やはりデビュー作だけあって、ちょっと肩に力が入りすぎてるというか、愚かなことを書いて読者を呆れさせようと一所懸命に努力している様子がちらちら垣間見えてしまうところが、まだちょっと弱いかも知れません。

 処女作には作家の全てがあるなどと言われますが、本作にも後に書かれる作品の原型がここそこに散見されます。

 例えば、塔の上から現れて「悪党どもめ、そうはさせんぞ」と叫ぶシーンなんか『沢蟹まけると意志の力』そのものだし、秘密結社の戦闘員たるカエルたちは後に『熱帯』の水棲人へと進化するし、イラハイが滅亡する一大スペクタクルシーンは『ぬかるんでから』を連想させるし、そして『妻の帝国』なんて実は同じ話だと言われればそんな気もしてきますし、他にもあるのでしょうがまだ読んでません。

 というわけで、佐藤哲也さんは最初から佐藤哲也さん以外の何者でもなく、その作風はデビュー時点で既にほぼ完成されていたことが分かります。分からないのは、この人は自分の作風に何の疑問も持たなかったのだろうかという点ですが、これについては全著作を読破してから改めて考えてみることにしたいと思います。

タグ:佐藤哲也
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