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『居場所もなかった』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

シリーズ“笙野頼子を読む!”第21回。

 1999年を起点に最新作まで読んだので、いよいよデビュー作から順番に1999年を目指して読んでゆきます。

 今回読んだ『居場所もなかった』は、1991年から1992年にかけて発表された2編を収録した短編集。単行本出版は1993年。私が読んだ文庫版は1998年出版です。

 前作『なにもしてない』の続編ともいうべき作品集で、京都を追い出された語り手が“居場所”を求めて東京へ向かう話になっています。後に書かれる『愛別外猫雑記』の原型かも知れません。

 収録されているのは『居場所もなかった』と『背中の穴』。

 発表が早いのは『背中の穴』の方で、これは“引っ越し”を幻想味たっぷりに描いた作品。自分の居場所だと言える土地や部屋がないという状態を、旧作『海獣』に登場した動物達との対比で「どうしても陸上に居場所が必要な自分=海に住む獣にはなれない私=背中に穴がない」と例えるところが巧い。

 続いて発表された『居場所もなかった』は、バブル真っ盛りの東京で、30代独身の一人暮らしの暗い女性が、オートロックの賃貸物件を見つけることがどれほど困難か、その家捜しの過程でどんなひどい目にあうかを“生き生きと”描いた中編。

 これまでの作品がどうしても「初期作品」という感じだったのに対して、本作は一皮むけて「90年代笙野頼子ついにその本領を発揮」という感じです。小説としての面白さ、読みやすさも大きく向上しています。

 騒音地獄の凄まじい描写でぐっと読者を引き込む印象的な導入部。時間軸上をダイナミックに行き来することで「家捜し」の過程を効果的に読者に提示する手法。

 さらには、作者と編集者が交わす「この小説自体についての会話」を挟み込むことで、複数視点から状況を立体的に浮かび上がらせるメタフィクションの技法。

 後の作品群でどんどん発展してゆく作者の特徴が、ここでほとんど出揃っています。また、これまでのように切羽詰まった作品と違って、あまりにひどい艱難辛苦を直球で書くがゆえに生ずる奇妙なユーモア、という余裕の筆致を楽しめます。

 悪夢のような不動産屋めぐり(作中では“不動産ワールド”という幻想シーンで表現されています)という個人的体験に徹底的にこだわり抜くことで、「社会的に共有された妄想(例えばバブル経済だの国家だの)に押しつぶされてゆく個人」という普遍的なテーマに切り込んでゆく。こういうやり口も、後の作品群と共通するものを感じさせます。

 というわけで、ようやく笙野頼子らしさが開花した傑作だと思います。バブルの真っ只中で書かれた小説でありながら、今読んでも新鮮な刺激を与えてくれるというのは、やはり大したものです。

タグ:笙野頼子
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