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『水晶内制度』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

シリーズ“笙野頼子を出版順に読む!”第8回。

 1999年を起点に、笙野頼子の著作を単行本出版順に読んでゆきます。今回読んだ『水晶内制度』、単行本出版は2003年7月。

 まず最初に、この作品は、どうも作者の『硝子生命論』の続編というか姉妹編というか関係が深いようなのですが(作中に『ガラス生体論』という小説が重要な位置づけで登場します)、残念ながら『硝子生命論』を未読なので、ここら辺の関係はよく分かりませんでした。申し訳ありません。

 で、それはそれとして、装丁から文章までとにかく美しい本です。カバーイラストが素晴らしく、文章は戦闘的で、激しく、切実です。決して上品な小説ではなく、むしろ下品でグロテスクな話ですが、なおかつ崇高で美しい作品です。

 笙野頼子さんの小説は常に戦いですが、今作の敵は、性差別、国家体制、そして日本神話です。

 全体は4つの章に分かれています。冷静で理知的な文体で書かれた2章と3章を、詩の言葉で夢の論理を書き記したような1章と4章が封じ込めている、という構造になっています。

 今作の語り手も、例によって笙野頼子の分身と思われる作家です。

 1章は、語り手が、意識が混濁したままに、夢ともうつつともつかないイメージを次々と書きつらねてゆきます。一応、ここが女人国「ウラミズモ」の病院であること、語り手は日本国からウラミズモに亡命してきた女性らしいのだが記憶が失われていて自分が誰かも定かでないこと、などがかろうじて読み取れます。

 ここは、内容よりも、詩のような言葉の美しさを味わうべきパートでしょう。

 2章では、「ウラミズモ」が説明されます。ウラミズモは日本国の茨城県に作られた人工国家であり、「原発」と「女」、二つの“ケガレ”を引き受けることで、日本国から独立国家として黙認されている女人国、という設定になっています。

 建国者である教祖が「裏返しの国、恨みの国、出雲よりもクロいウラミズモ」と語ったのを見ても分かる通り、ウラミズモは女性のユートピアではありません。そもそもウライズモではなく“ウラミ”ズモなのです。

 ウラミズモの国是は、女性解放だのジェンダーフリーだのといったきれいごとではなく、男に対する憎悪と復讐です。男性を徹底的に虐げ、人間扱いしないことを存在意義とする、歪んだ強圧的宗教国家です。もちろん、情報統制、言論統制バリバリです。

 しかし、饒舌に説明されながらも、ウラミズモに関する情報は奇妙に断片的で、曖昧で、リアリティがなく、嘘臭さが漂っています。政治権力についても、原発についても、国体として重要なことは何一つ語り手には知らされてないようです。もちろん読者にも分かりません。

 ときどき拡大文字で「うわーっ」という悲鳴が挿入されますが、これはどうも、ウラミズモについて「書いてはいけないこと」に触れそうになったとき生ずる葛藤を示すサインのようです。

 語り手は、その国体のグロテスクさと嘘臭さに反発しつつ、「こんなふざけた国が本当にあるのか」「もしかしたらここは女の国ではなくてただ女性患者だけを集めた精神病棟ではないか」という疑問すら感じながらも、次第にウラミズモに取り込まれてゆきます。

 「前の国では人権も法律もきちんとしていたのに、その一方抑圧されている、口を塞がれているという感じは凄かった。というより私は見えなくされていて何を言っても書いても全部無かった事にされてしまったのだ」

 「ところがこのひどい統制国家のただ中で、私は生存適者として、前よりも無事にいられるのだ。それもただ単に女として生まれたというだけの事で」と語り手は書きます。

 ジェンダー差別が裏返しのまま温存されているわけです。

 語り手にとってウラミズモは次第に「この国」から「我が国」になってゆき、彼女は、国家の指示通り、日本神話の解体と再構築という仕事を進めます。

 それは、日本人の無意識レベルにまで深く根を張った女性抑圧の神話をひっくり返し、ウラミズモ神話として再構築するという試みです。

 3章は、この神話の解体と再構築というテーマを中心に進みます。これは『S倉迷妄通信』にも出てきたテーマですが、あちらでは自分を救済するための私的な神話読み替えだったのに対して、今作ではウラミズモという国体を護持するための国家事業として行われます。

 ただ、どうもウラミズモの存在自体、語り手の私的妄想くさいのですが。

 そして4章。再び語り手は病院にいて、しかも死にかけています。女神が火の神を産んだために大火傷を負って死ぬ、という神話モチーフをなぞりつつ、夢や神話イメージが次々と産まれてゆきます。

 ここの詩的文章の美しさは特筆すべきものでしょう。読んでいて震えがきました。うわーっ。

 というわけで、この作品、フェミニズム寓話や風刺SFというくくりでは語れないほど、深く透徹した怒り憤り悲しみをたたえた、美しい小説です。一読しただけでは到底読み切れなかったので、これからも何度も読み返そうと思います。

タグ:笙野頼子
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