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『心は実験できるか』(ローレン・スレイター) [読書(サイエンス)]

 着陸した空飛ぶ円盤と、その周囲を歩き回る搭乗員を目撃した、という事件が起きたとします。

 駆けつけたベテラン警官は、現場で不可解な痕跡を見つけ「どうにも説明できない。あんなものは、これまで見たことがない」と報告しています。

 目撃者は複数人いて、しかも全員の話が大筋で一致しています。

 特に詳しく覚えていた目撃者は、自分が見たものについて細部に至るまで詳しく、具体的に証言しています。取り調べに当たった専門家は、証人は信用できる人物であり、自分が見たと確信していることを率直に話している、と断言しました。

 その後の追跡調査によっても、目撃者は誰も証言を覆していません。一人はそのために職を失いましたが、それでも証言を撤回せず、見たものは見たのだと、揺るぎない自信を持って語っています。

 確かに物証はありません。しかし、これだけの状況証拠があれば、この事件が実際に起きたという以外の解釈は不可能でしょう。いわば、この事件は、堅牢なビルのごとく確実な証拠なのです!

 というようなことを真面目に書いたとしたら、おそらく私の知人たちは、この「堅牢なビル」のあちこちに心理学的爆弾を仕掛けて、粉々に吹き飛ばしてしまうに違いありません。

 第一の爆弾。「予断」に関するローゼンハンの実験。

 デヴィッド・ローゼンハンは、精神科医に「予断」を与えることで、何人もの偽患者の自然で正常な言動を、病的で異常なものだと思い込ませることに成功しました。患者を観察するプロである精神科医でさえ、簡単に客観的現実とは異なるものを見てしまったのです。

 第二の爆弾。「記憶」に関するロフタスの実験。

 エリザベス・ロフタスは、巧妙な暗示により被験者が「子供の頃にショッピングセンターで迷子になったことがある」という記憶を捏造させることに成功しました。彼らは客観的には存在しない体験について、詳細かつ具体的に証言したのです。同様の一連の実験により、人間は自分の記憶を自由自在に改変し、捏造してしまうことが明らかになりました。

 第三の爆弾。「服従」に関するミルグラムの実験。

 スタンレー・ミルグラムは、被験者に対して、苦しがる(演技をしている)人間にさらに強い電気ショックを与えるよう命令するという実験により、人間がいかに簡単に他人に服従し、思考停止して、非常識あるいは非人道的な行動をとるかを示しました。

 第四の爆弾。「同調」に関するダーリーとラタネの実験。

 ダーリーとラタネは、明らかに異常で危険が迫っているにも関わらず周囲の人間が平然としている、という状況を作り出すことで、人間がいかに周囲の人間の判断や意見に同調しやすいかを示しました。社会的同調圧力は、生存本能や危機回避反応よりもなお強く人間を支配していたのです。

 第五の爆弾。「認知的不共和」に関するフェスティンガーの実験。

 フェスティンガーは、終末予言を核とするUFOカルトに潜入して、予言が外れたときにメンバー達がより信念を強め、集団の結束を固めることを観察しました。その後の一連の実験により、人間の信念は、根拠がなければないほど、馬鹿げていればいるほど、より強化されるということが示されたのです。

 これだけ心理学的爆弾を設置すれば充分でしょう。

 警官は予断により、ごく自然でありふれたものを異常なものと認識したのです。目撃者グループのうち精神的リーダーは、記憶を捏造しています。もちろん無意識にですが。しかし捏造された記憶は鮮明で具体的で、本物の記憶と区別は出来ません。

 他の証人はリーダーのカリスマに服従し、さらに他の仲間の同調圧力に屈して、自分も同じものを目撃したと確信したのです。

 この事件のあまりの馬鹿馬鹿しさと根拠の欠落ゆえに、彼らは認知的不共和を起こして信念を撤回することが出来ません。こうして信念は絶え間なく強化され、その信念を捨てるくらいなら失業する方がはるかにマシという状態になります。

 どかん! どかん! どかん!

 「堅牢なビル」は粉みじんに吹き飛んでしまいます。後には沢山のUFO本が空からぱらぱらと降り注ぐだけ・・・。21世紀に生きている我々は、もはや、確実な物証がない限り、オカルト話を信じることも出来ないわけですね。

 こうした心理学的実験の数々により、人間の認知、記憶、行動などが、我々がそうだと思っていたものとは全くと言ってよいほど異なっていることが発見されたのが、20世紀でした。前世紀は、宇宙や素粒子や遺伝子についての理解だけでなく、人間そのものに関する理解も格段に深まった世紀だったのです。

 というわけで、何という長い前フリでしょう、『心は実験できるか』です。

 この本は、上に挙げたようなインパクトある心理実験を10個ほど取り上げて、解説してくれます。読み物としても非常に面白く、ついつい夢中で読みふけってしまいました。

 ただし、文章はちょっと情緒的でウェット過ぎると思いますし、主観が前面に出過ぎているという点はちょっと・・・。あと、全体的に米国の保守派の価値観が色濃く漂っている感じで、ここらへんは辟易しました。

 しかし、これらの(私にとっての)欠点にも関わらず、この本を入門書として万人にお勧めしたいと思います。読んだ後、個々の実験やその展開、発展など興味を持った方は、それぞれについてさらに詳しい本が何冊も出ていますので、それらに手を出すと良いかと思います。

 蛇足ながら、オカルトに興味がある人は、こういうことは基礎知識として知っておきましょう。

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