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『ラウリ・クースクを探して』(宮内悠介) [読書(小説・詩)]

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 一色しか表示できないので、黒字に白だけ。グラフィックが表示できないから、文字一つぶんの白い四角形を雪の粒に見立てる。でも、ラウリにとってはその画面のなかに世界のすべてがあった。
 そこにあるのは、数字が受肉し、新たな精霊が宿った世界だった。
 この受像機のなかに、本当の世界がある。本当の世界は、コンピュータという箱を通し、人の前にその姿を見せる。プログラミングという呪文が、それを可能にする。
 ラウリにとって、プログラミングは文字通りの呪文だった。
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 「わたしたちは、情報空間に不死を作る」

 1970年代、旧ソビエト連邦に属するエストニアに生まれたラウリ・クースク。幼い頃から数字に異様な関心を示した彼は、西側の8ビットMSXコンピュータを手にしたことから人並みはずれたプログラミングの才能を開花させてゆく。だがソビエト崩壊という時代の激動に飲み込まれた後、彼は消息不明となっていた。IT大国となった今のエストニアにおいて、ラウリ・クースクはどこで何をしているのか。ひとりのジャーナリストが彼を探そうとしてその人生の足跡を追ってゆくが……。エストニアの現代史を背景にコンピュータプログラムに魅了された若者たちの青春をえがく長篇。単行本(朝日新聞出版)出版は2023年8月です。




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 ラウリ・クースクは何もなさなかった。
 なるほど歴史は動いた。が、そのなかでラウリは戦うことはせず、また逃げることもしなかった。もう少し言うならば、疎外された。
 ラウリは戦って歴史を動かした人間ではなく、逆に、歴史とともに生きることを許されなかった人間である。ある意味、わたしたちと同じように。
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 KYBT――。
 冷戦期、ソビエトは輸出規制によって高性能のコンピュータを輸入することができなかった。このため採った戦略が、低機能の8ビット機を輸入すること。そんななか日本のヤマハは当時販売していたMSXコンピュータをベースに、ソビエト向けKYBTを作り、それが一部学校に配備された。(中略)
 KYBTコンペティションはここから、西側諸国の知らない豊穣の時代を迎える。アステカ文明のような、あったかもしれないもう一つの可能性の時を。
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 「この国はまだまだだけど、近い将来、情報通信技術の国に生まれ変わる。でも、現状では人材が足りない。あなたみたいに、呼吸するようにプログラムを書ける人をわたしたちは必要としてる」

 1970年代、ソビエト連邦下のエストニアに生まれた少年が、輸入品のMSXコンピュータを手にしたからプログラミングの世界にのめりこんでゆく。親友と共に競争でゲームを開発し、コンペティションで上位争いを繰り広げる二人。西側との交流がなく、孤立した社会環境のなかでコンピュータ史に名を残すことなき天才たちが次々とプログラミングテクニックを独自に生みだしてゆく。誰も知らない8ビットの楽園。だが、その楽園は長くは続かなかった。

 エストニアの独立と混乱の時代をえがいた歴史小説、無名の人物に焦点を当てた伝記小説、またミステリの要素も含まれていますが、何よりプログラミングに賭けた若者たちの青春小説です。作者が作者だけにMSXコンピュータの話になると語りの熱量がすごい。





タグ:宮内悠介
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