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『語学の天才まで1億光年』(高野秀行) [読書(随筆)]

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 通常、語学というのは入門から始まり、初級・中級・上級と何年もかけて少しずつ階段を上がっていくものと思われているが、私は決してそのような手順を踏まない。一つの言語を何年も勉強したこと自体がほとんどない。学習期間は長くてもせいぜい実質一年、短いときは二、三週間、平均すれば数カ月といったところだろうか。現地で出会った言語を即興で習いながら旅をすることもある。
 目的も普通の人とは異なる。私が語学に精を出すのは、アジア・アフリカ・南米などの辺境地帯で未知の巨大生物を探すとか謎の麻薬地帯に潜入するといった、極度に風変わりな探検的活動のためだ。この「探検的活動」が意味する範囲は広く、なかにはノンフィクションの取材も含まれるのだが、いずれにしても、目的が達成されるとその言語の学習も終了してしまう。
 要するに、私にとって言語の学習と使用はあくまで探検的活動の道具なのである。しかし、言語(語学)はひじょうに強力な道具なので、ときには「魔法の剣」のように思える。
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「はじめに」より


 コンゴで怪獣探し、アマゾンで幻覚剤探し、ミャンマーでアヘン栽培。世界中の辺境に赴き誰も経験したことのない冒険を繰り広げてきた作家が語る語学と青春。超実践的語学エッセイとしても、破天荒な青春記としても、とにかく有無を言わせぬ面白さをほこる一冊。単行本(集英社インターナショナル)出版は2022年9月です。


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 こうして書き始めたこの語学エッセイだが、期せずして次第に「青春記」の形を取り始めた。語学を通して、若い頃の私は実にさまざまなことに驚き、笑い、興奮した。とくには意気消沈したり自分に絶望したりした。そういった経験がそのまま私の血肉になっていったのである。バカな若者が賢い大人になったわけではなく、バカな若者がもっとバカになっていっただけかもしれないが、変化と成長はたしかに語学によってもたらされた部分が多い。
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「はじめに」より




目次

第一章 語学ビッグバン前夜(インド篇)
第二章 怪獣探検と語学ビッグバン(アフリカ篇)
第三章 ロマンス諸語との闘い(ヨーロッパ・南米篇)
第四章 ゴールデン・トライアングルの多言語世界(東南アジア篇)
第五章 世界で最も不思議な「国」の言語(中国・ワ州篇)




第一章 語学ビッグバン前夜(インド篇)
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 この事件は私の人生にとってひじょうに大きな転機となった。「一見不可能に思えることも頑張ればなんとか打開できる」という妙な自信を得てしまったこと。「話したいことがあれば語学はできるようになる」とわかったこと。この二つの確信が、その後の私の生き方を変えていくことになる。
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 インドで犯罪にあい無一文になって、無理でも何でも英語で助けを求めなければならないはめに陥ったとき、語学との長い付き合いが始まった。




第二章 怪獣探検と語学ビッグバン(アフリカ篇)
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 だが、それ以上に私をリンガラ語学習に向かわせたものは「先生も教材も何もない」という状況だった。日本においては「未知の言語」に近い。「探検=未知の探索」と考える私にとって、この状況がすでに「探検的」であり、ワクワクしてしまったのだ。私はときどき、主目的を外れて、目の前に現れた「探検的」なものに飛びつく傾向がある。
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 アフリカ大陸、コンゴに棲息するという謎の怪獣ムベムベを探すため現地に向かった若き日の著者。現地語の学習と使用を通じて、語学の魔力に目覚めてゆく。




第三章 ロマンス諸語との闘い(ヨーロッパ・南米篇)
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 宮澤は一文無しで行商人の下っ端生活に疲れ果てていたようだが、その姿に私は羨望を隠せなかった。私の方はお金こそ不自由してなかったが、言葉が通じず、毎日が苦痛でならなかった。私から見れば、ブラジルに入ってもスペイン語で押し通してブラジル人の客と値段交渉をして服を売っている宮澤は輝いていた。彼にはブラジル人のポルトガル語が、私よりずっと聞き取れるようだった。
 語学の天才は実在する。どこへ行ってもたちまちその中に入って言葉に苦労しなくなるような人間が。たとえ運はとてつもなく悪くても。
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 フランス語、スペイン語、ポルトガル語との出会い。南米マジックリアリズムの世界へと向かった著者は色々とトンデモナイ体験をするのだった。




第四章 ゴールデン・トライアングルの多言語世界(東南アジア篇)
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 チェンマイで第二の青春を謳歌していた私だが、このまま日本語教師に落ち着くつもりは毛頭なかった。実はチェンマイに来る前からひじょうに明確な目標があったのだ。それは「ゴールデン・トライアングルに住み込んでケシ栽培を行ってアヘンを作る」という端から見れば突拍子もないものだった。(中略)チェンマイはゴールデン・トライアングルの重要都市とされていた。シャン州で採れたアヘンがどこかで精製されてヘロインになり、このチェンマイに集まる。そして欧米やオーストラリアなど世界中に密輸される。だが、それはあくまでアンダーグラウンドの話だ。ここは南米のコロンビアではない。麻薬ビジネスはあくまで地下の世界でひっそり行われており、一般の市民はまるで無縁だということが、二、三カ月の滞在でよくわかった。
 しかたなく私はタイ語を習ったり、かわいい学生たちと恋愛マンガを読んだりして、日々を過ごしていた。
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 タイ、ラオス、ミャンマーの国境地帯(通称ゴールデン・トライアングル)。アヘンが栽培される麻薬ビジネスの中心地にして、軍事独裁政権と反政府ゲリラと民兵と各種武装勢力と麻薬マフィアが衝突を繰り返すヤバい土地に存在するという謎の「国」。そこに潜入し、ケシ栽培をしてアヘンを作ってみたい。大きな野望を抱く若き日の著者。
は、麻薬王のアジトに入り浸って語学勉強を続ける。




第五章 世界で最も不思議な「国」の言語(中国・ワ州篇)
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 二十代の後半、私は長い迷走期に入った。だが迷走している本人はなかなかそれに気づかないものらしく、当時の私も「俺は自由に生きている」と信じ込んでいた。(中略)迷走していたのは語学だけではない。大学を辞めたものの、人生の進路もやっぱり見えない。ゴールデン・トライアングルの中心であるシャン州に本格的に住み込むという目標は掲げていたものの、目処は全く立たない。漠然と「シャンの独立運動に関わっていきたい」と思うだけである。だんだん自分の先行きが不安になってきた。情緒不安定になったら新しい語学をというのも、私のお決まりのパターンだ。今回は「中国語でもやっておくか」と思った。
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 タイ語、ビルマ語、中国語、そして未知の言語「ワ語」へ。人生に迷走する若者がついに麻薬生産地帯の中心部へと続く扉を開けることが出来たのは、語学の魔法だった。外界から隔絶された土地で著者が見たものとは。「語学」を通じて開いた世界がそこに立ち現れるのだった。





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