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『よいひかり』(三角みづ紀) [読書(小説・詩)]

――――
どれほどの言語があって
どれほどの感情があるのか
途方に暮れながら
言葉はどこで産まれたのか
とりとめなく 考えながら
鞄にしのばせた詩集を開く

二階建てバスの二階の二列目に座って
彼が 沈黙している
寝坊しなかったから
機嫌がわるいのかも
わたしが話しかけて
言葉は はじまって
だれもがこうやって
言葉を 産んでいく
――――
『二階建てバス』より


 「自分という存在が息をひそめてようやく、あたり一面に詩があふれていることに気づく」。滞在先での生活を静かに書きとめてゆくような詩集。単行本(ナナロク社)出版は2016年8月です。


――――
 台所で詩を書くことが多い。急ぎのしめきりがない早朝に、食事をしてから食器を洗う。台所の磨り硝子からさしこむ陽光を眺めつづけて、さみしいくらい感情というものがなくなったときに詩が湧き出る。とびきり心が揺さぶられたときではなく、自分という存在が沈黙したときに詩を書いているのだろう。自分という存在が息をひそめてようやく、あたり一面に詩があふれていることに気づくのだと考えて、生活や日常の詩集をつくりたいと思った。
――――
『あとがき』より


 強い意志と覚悟を持って言葉に斬りかかるような詩集もあれば、ふと湧き出た小さな感慨を静かに書きとめたような詩集もあります。これは後者。朝も、夜も、あたりに詩の気配が満ちる気配をとらえます。


――――
生きているだけで
まなんでいるのに
そんなこと
子供のころから
知っているはずなのに
大人になったら
またたくまに忘れてしまう
生きているだけで
まなんでいること

ベッドに横たわって
今日の空をみている
薄い雲が
ゆったりと
流れていく
――――
『ノート』より


――――
路面電車が夜をかきわける音
パトカーが喧しく通過する音
ヒーターがあたためている音
それらを
手足まで
浸透させながら
かすかな灯りで
本を読む

いつのまにやら
眠りにおちても
かすかな灯りは
眠っていない部屋を照らしてる
真夜中に目覚めた ひとびとが
心細くならないように
かすかな灯りは
夜を照らしてる
――――
『間接照明』より



 不安や悲しみのなかにも、詩は、そこにあります。


――――
だれしもが
いってきます だけで
ただいま を失う日を
むかえる覚悟は必要かもしれなくて

帰るひと 帰らないひと
理由はさまざまだけれど
生まれたときから
片道切符を
握りしめている
産声をあげながら
小さなてのひらで
片道切符を
握りしめている
――――
『スープ』より


――――
改行のない言葉を受けとる
このメールには比喩はない

詩人だから
日常に比喩はいらない
わかりやすく
つたえてほしい

よろこびと
かなしみが
あいまって
膝をかかえて泣いてみる

静黙な夜
――――
『メール』より全文引用


 ここでの日々は、しかし永遠ではなく、いずれ滞在期間が終って帰国するときがやってきます。正しく終えるための生活を、詩として残します。


――――
ないものねだり。
ずっと こんな生活が
続けばよいのだけれど
わたしはただの通過者

人生のはじまりとおわりを
自分で決めるのは
むずかしいが
旅であったら
はじまりとおわりを
決めることができる

生まれて、死ぬこと
はじまり、おわること

幾度となく
生まれ変わるために
わたしは
わたしの町ではない町を進む
――――
『市場』より


――――
明日には離陸して
この町をはなれて
忘れてしまうかもしれないが
蛇口からもれだす水の感触は
しみついて

成長という文字が
あたまをよぎるも
あっけなく消えて
あたらしくおわる

流れた水が川にそそいで
海にかえって空から降る

だれしもが
絶え間なく
あっけなく消えて
あたらしくはじまる
――――
『シンク』より


 というわけで、日々の隙間でふと感じること、生活時間から切り離されたようなその一瞬、誰しも覚えがあるような感慨を、日常的な親しみ深い言葉で伝えてくれる愛しい詩集です。



タグ:三角みづ紀
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