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『夜を叩く人』(斎藤恵子) [読書(小説・詩)]

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夜を歩く
雲が巨大な葡萄になって広がり
異国の硬貨の月が上っていた
電信柱の後ろにだれかいるようだ
足場ボルトが震えている
空へ向かう柱の先が葡萄を突く
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『夜を歩く』より


 寝苦しい夜中の夢。静かにせまりくる不安。ふと向こうに迷い込んでしまう、夜の詩集。単行本(思潮社)出版は2015年9月です。

 異界にさそわれる詩集『樹間』の雰囲気が忘れられず、最新作『夜を叩く人』を読んでみました。ちなみに、『樹間』単行本読了時の紹介はこちら。

  2015年04月01日の日記
  『樹間』(斎藤恵子)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-04-01

 本作も『樹間』と同じく、やはり静かな不安と違和感に満ちています。あくまで穏やかに、でも気がついたときにはせまっている、戻れない、あの感じ。


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遠く夜を叩いている音が聴こえてきます
 とむ とむ とむ
生きているから恐ろしい
静かな風が吹いています
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『夜を叩く人』より

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 この町のひとはみな微笑んでいるのよ
 先のことは考えないからよ
少女もまた微笑みをたやさない
わたしも真似て口角を上げるようにした
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『すみれ色の町』より


 やがて、寝苦しい夜の夢の気配が立ち込めてきます。


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配達の人に
 ありがとう といいながら
押入られないようにドアを閉めようとしますが
黒い服の男たちは足くびから入ってきます
ひとりは年配のがっちりした男
もうひとりは細く若い男
 話を聴いてあげたらいいんじゃないの
わたしのうしろにいつのまにか
女の人が立っています
老いた母のような気がしました
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『夜を叩く人』より

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夜を泣き喚きながら走る子らがいる
赤い口の中にはぶよぶよとした膿
爪先でコンクリートを蹴りながら走っている

わたしは台所の食器棚の前にいる
食器棚と壁のわずかな隙間からも聴こえる

覗くと絶壁になっていた
走っていた子なのか子どものかおが見える
死にかけている

怖いかおをしていたが
笑うようなほほをしている
どうして笑うのだろう
訝ると
 おまえのかおが笑っているからだ。

引き出しから声がした
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『夜を走る子』より


 詩集としての構成も巧み。不安な夜を包み込むように、最初と最後に「青空」が配置されているのです。あるいは、死と誕生かも知れません。


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ゆるやかに石は古び
山はやわらかく広がる
わたしは生きている
生きているものと
生きたものとがひっそりと
ひかりの中をすれ違う
わたしの向こうで
そそがれている眼差しは
石を天空のものとして
空を明るませる
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『天空の石』より

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オリーブ色の服を着たひとが
オルガンを弾いていました
夜の部屋です
青紫の大きな譜面台があります
近づいて見たら
四角な青空でした
花のように星が降っています
どこかで
生まれたひとがいるのです
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『オルガン』より


 というわけで、不安で、怖くて、でもなぜか懐かしい気配や安らぎも感じる、不思議な詩集。夜の詩集です。


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わたしは星ふる草むらに立つ
ふるえる傷んだ葉が美しい
かじられた耳のかたち

 聴こえていますか
 滲みていますか

天空を裂く鳥のような声
 アキホー

墜ちることは高まること
かなしみは贈りもの
雫が球根形にふくらむ
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『耳を澄ませば』より



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