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『さよならの儀式 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、小田雅久仁、宮内悠介) [読書(SF)]

 「作品が多く書かれるということは、作家がそれだけ増えているということで、新人からベテランまで多士済々というべき本書のラインナップにも、それは現れている。ここ数年で日本SFの作家層は目に見えて厚くなってきている」(文庫版p.654)

 2013年に発表された日本SF短篇から選ばれた15篇、および第五回創元SF短編賞受賞作(二作同時受賞のうち一篇)を収録した年刊日本SF傑作選。文庫版(東京創元社)出版は、2014年6月です。


『さよならの儀式』(宮部みゆき)

 「この世界で、俺はもう人間でいたくない。この世界には、人間よりロボットの方がふさわしい。だってそうでなかったら、みんながあんなふうに、あの娘のように、ロボットのために泣き、ロボットのために心配し、ロボットと心を通わせようとするはずがない」(文庫版p.47)

 廃品として処分されるロボット。感情的に納得ができず、最後にせめて一目あわせてほしいと願う利用者。機械が人間に近づいているのか、人間が機械に近づいているのか、両者の感情的なつながりを生々しく書いた傑作。


『コラボレーション』(藤井太洋)

 「きっかけを与えれば、彼らは全力で応え、無限の試行錯誤の末に、俺が考えもしなかった高みへ上りつめていく。いずれは発想でも知識でも彼ら修復機構に追い越されてしまうことは間違いない。だが、俺の身体はプログラムが動く喜びを覚えていた」(文庫版p.89)

 検索エンジンの修復機構が暴走してインターネットが崩壊した後の時代。語り手は、昔自分が書いたプログラムがいまだに旧インターネット上に取り残され、何かを求めて懸命に自己コード改変を繰り返していることを発見する。プログラムに対するハッカー特有の思い入れが伝わってくる作品。


『ウンディ』(草上仁)

 「シロウは、ただ想うところを表現したいのではなかった。ただコンテストに優勝したいのではなかった。ただ認められ、プロになりたいのではなかった。優しく、真面目で、いい音色をしたサッコと一緒に、それを成し遂げたかったのだ」(文庫版p.106)

 生態楽器として使われる異星生物ウンディ。ウンディ弾きのシロウは、サッコと名付けたウンディと共に音楽コンテストに挑む。能力不足で楽想を充分に表現することが出来ないサッコ。だが、シロウはサッコを信じることにした。人間と異星生物との交流を感動的に描いた音楽SF。


『エコーの中でもう一度』(オキシタケヒコ)

 「故郷の形をつぶさに刻み込み、彼女のもとへと戻ってくるエコー。回り込み、跳ね返り、拡散し、消え入りながらも耳に届く、象られた世界の形。俺たちにはただ聴くことしかできないその景色の中を、ガラスの目を閉じたまま、花倉加世子は歩きはじめる」(文庫版p.179)

 音響解析により失踪したミュージシャンの行方を探してほしいという依頼を受けた武佐音響研究所の三名は、驚異の音響定位(エコーロケーション)能力を持つ別の依頼人の協力を得て、見事な解決策を見つける。音にまつわる謎や難題を、蕪島カリンたちがばばんと解決しちゃう音響工学ハードSFシリーズ第一弾。現在までに第二弾まで発表されていますが、早く続きを書いてほしい。


『今日の心霊』(藤野可織)

 「我々がなによりも重要視し、心を打たれるのは、前述のダゲレオタイプによる死者のポートレートと、micapon17によるスナップの形式的な類似である。そう、生者の像が不安定で、死者の像が安定しているという、写真黎明期に顕著に見られる特質を、写真史など知りもしないmicapon17が運命的に受け継いでいる、そのことが我々をかくも感動させるのだ」(文庫版p.191)

 シャッターを押すと必ず心霊写真(それも、見た人がパニックを起こして泣き叫ぶようなすごいの)を撮ってしまうという特殊な才能を持った女性。そして、取りつかれたように彼女の「作品」を求めて止まない一部の好事家たち。

 心霊写真ネタのホラーですが、心霊現象がまったく起きないところがミソ。UFOが大好きなだけで、異星人とか興味ないし、あとUFOを信じるかとか言われても困ります、というタイプの心をつかむ素敵な短篇。


『食書』(小田雅久仁)

 「それにしても、こんなに夢中になって小説を読んだことが未だかつてあっただろうか。少なくとも、二十八で小説家になって以来、こんな目眩く読書を一度も経験していないのは確かである。いや、「読書」ではない。これは「食書」だ」(文庫版p.233)

 書店にあるトイレで、買ったばかりの本を夢中でむさぼり喰っている女。それを目撃したときから、語り手は次第に甘美で恐ろしい「食書」の世界へと足を踏み入れてゆく。

 子供の頃のように夢中になって本に没頭してみたい、という誰にでも覚えがある欲望を扱ったホラー。しかし、飛んだり、雄雌で子供を作ったり、食べられて身体に同化したり、書物に対するフェティシズムを刺激する話を書かせたら、この作者は凄い。


『科学探偵帆村』(筒井康隆)

 「右の一文は海野十三「断層顔」の冒頭部分である。(中略)帆村荘六が「断層顔」以後に活躍するという設定のこれ以後の話は、もうひとつの現実として、いや、どちらもフィクションなのだから、もうひとつのフィクションとしてお読みいただきたい」(文庫版p.257)

 覚えがないのに妊娠してしまう女性が続出する怪事件に、名探偵、帆村荘六が挑む。筒井康隆さんが海野十三のパスティーシュに挑んだSFミステリ。読者は、まあ筒井康隆さんだしきっとまたオナポートだろうな、と思って読み進めるわけですが、予想外の展開が……。


『死人妻』(式貴士)

 「この洞窟の奥に、ダイバーしか行くことのできない、あの、“結晶世界”が存在しようとは、その時は誰も予想だにしなかったのでした」(文庫版p.280)

 昨年に刊行された私家版短篇集に収録された未発表原稿。ただし未完成というか、冒頭十枚のみ。


『平賀源内無頼控』(荒巻義雄)

 「あの玄白が後に建てた墓碑の銘「嗟非常人 好非常人 行是非常 何死非常」に隠された意味があるのかもしれない」(文庫版p.284)

 史実に反して平賀源内が生き延びていたら、という改変歴史もの。だと思わせておいて、歴史がめちゃくちゃになった江戸が舞台となる怪作。駄洒落やギャグをことごとく外してしまったという印象はぬぐえず。


『地下迷宮の帰宅部』(石川博品)

 「魔王の使い魔とかいうやつがやってきて、人間界でトップクラスのクズである俺を地下迷宮の将軍(ボス)として迎えたいといったのだ。剣と魔法の世界は大好物だし、高校も毎日つまらなかったので、その誘いにホイホイ乗っかったわけだが」(文庫版p.311)

 ダンジョンのラスボスやっているさえない高校生が、他に社会システムを知らないので、配下のモンスター達に部活をやらせるという話。帰宅部のぼっちぶりが印象的ですが、これをSF傑作選に入れてよいのか、という懸念は振り払えません。


『箱庭の巨獣』(田中雄一)

 「女王幼獣が融合口を出しとる! 体液の相性は!? どうか!?」
 「拒絶反応はありません」
 「立派な巨獣に育てよ、康実」(文庫版p.356)

 時は2702年、場所は両毛第5生活巣。外界から襲ってくる進撃の巨獣に脅かされる人類は、選ばれた子供を巨獣に変身させ、巣を守らせていた。本書収録作中、唯一のコミック作品。ウルトラマンが怪獣よりも弱かったら地球人はどうするか、というような話ですが、とにかく妙に情けない巨獣の絵が魅力的。


『電話中につき、ベス』(酉島伝法)

 「村じゅうのわたしが自問所に集まって自問した。太陽芯と称する島のトゥクヴァという村は、その存在そのものが理法螺なのではないかと」(文庫版p.412)

 愛犬ベスが足元で眠り込んだとき、語り手は不可解な文言を暗唱し始める。第53回日本SF大会「なつこん」のプログレスレポートに掲載されたショートショートですが、その独特の語感ふるふる造語のつるべ撃ちによる幻惑は、さすがこの作者。


『ムイシュキンの脳髄』(宮内悠介)

 「オーギトミーには極小のナイフと患者ごとの「オーダーメイド」があるため、副作用や後遺症を残さず、目的の機能のみを破壊することができる。(中略)人々は、そのときどきの個人的な、あるいは社会的な要請から、無制限に脳をカスタマイズしていく」(文庫版p.440)

 マイクロ手術により脳の高次機能の特定モジュールだけを破壊する技術、オーギトミー。この療法により暴力性や反社会性など望ましくない性質を除去することが可能になったが、かつてのロボトミー手術を連想させることから、反対の声も大きかった。そんなとき、オーギトミーにより暴力衝動を抑えることに成功した男が、施術した医師を殺害するという事件が起きる。だが、彼は本当に犯人なのだろうか。

 脳のカスタマイズ技術が社会に及ぼす影響を扱ったシリアスなSFミステリ。イーガンの初期作品を思わせますが、常に社会や人間関係へと目を向けるところがこの作者らしい。事件の関係者へのインタビューで構成されるという形式からは、第一単行本『盤上の夜』が思い出され、もうすでに懐かしさを覚えます。


『イグノラムス・イグノラビムス』(円城塔)

 「宇宙に、気紛れな信号機が設置されているとしてみよう。信号にたまたま赤が灯ると、君はその信号を自分だと思う。それが君の言うところのワープの実態だ。(中略)ワープ鴨は宇宙中にあらかじめ存在していて、かつ、どの鴨が次に、どの鴨を自分と思うのかまで含めてあらかじめ全てが決められている」(文庫版p.484、485)

 あるとき異星人の身体にワープした男が、意識と決定論について様々なことを教えられる。銀河ヒッチハイクガイド的な雰囲気で語られる思弁的SF、だと思わせておいて、実は「ワープ鴨の宇宙クラゲ包み火星樹の葉添え異星人ソース」の美味さを絶賛したグルメSF、かも知れない。


『神星伝』(沖方丁)

 「青少年時代の思い出の作品やら、その頃読んだ『ニンジャスレイヤー』やなんやかやについて互いに話すうちに盛り上がって本作のプロットが出来た。和風で宇宙でアクションでロボットで学園でボーイ・ミーツ・ガールでラノベ的というよりもっと青年志向のヤングマガジン的である何かを目指すことになったわけである」(文庫版p.546)

 かくして神星紀五八〇年。長らく排斥されてきた国家主義者たちの軍勢が、突如、叛乱を開始した。さえない高校生の哮は封印されていた力に目覚め、美少女と共に人型巨大戦闘メカに搭乗、敵の無敵兵器に立ち向かう。「ギャグと紙一重のかっこよさ」「一発ネタで終わらせるにはいかにも惜しい」「冗談で書きはじめたら筆が走りすぎて傑作になっちゃった----みたいな感触」と編者を唸らせた作品。


『風牙』(門田充宏))

 「助けに行くほうがぴっちぴち美人のインタープリタ、救いを待ってんのが四十後半のおっさんて、ツッコミどころありすぎやろ。なんや囚われのおっさんって。おまけに三人病院送りにした正体不明の怪物が隠れとって、せやのに勇者のあたしは徒手空拳とか。なんの罰ゲームやこれ。せめてひのきのぼうくらい持たせてほしいわ」(文庫版p.552)

 過去の記憶に囚われ、精神世界から脱出不能となった社長を救出するために、特殊な共感能力者である女性が疑験空間を介して概念翻訳を試み、えーと、要はサイコダイブする。ところが正体不明の敵に攻撃されて……。

 二作同時受賞した第五回創元SF短編賞受賞作の一つ。魔獣、ゴルディアス、バルバラ、名作傑作代表作が目白押しの人気ネタで勝負しながら、新しいアイデアほぼ皆無の人情噺という潔さ、ただしヒロインの関西弁など小説として魅力的で完成度が高いという、まるで「大森・日下、論争誘発」を狙ったかのような作品。

 「三年ぶりに東京創元社会議室に戻ってきた第五回の選考会は、えんえん五時間以上つづく史上最長の激論となった。その五時間余のうち半分以上は、最後に残った二作のうち、どっちに正賞を与えるかの討論に費やされた」(大森望、文庫版p.617)

 「私の作品の評価軸は大森委員に似ていたが、新人賞に対する考え方は日下委員に賛成であった。これで紛糾した挙げ句、二作の正賞受賞となった」(瀬名秀明、文庫版p.629)


『第五回創元SF短編賞選考および選評』

 SFとしての新鮮さか、小説としての完成度か。新人なんだから新しいものが欲しい、新人賞なんだから将来性を重視。恒例の論争ですが、今回は編集者まで参戦して場を荒らしたようです。

 「議論は平行線。東京創元社編集部の小浜徹也氏が編集者の立場から『ランドスケープ…』を推せば推すほど、もともと同作を強く推していたはずの瀬名委員が不信感を募らせて『風牙』に傾くとか、まるでコントのようなやりとりが(それこそ時間ループSFのように)何度もくりかえされた」(大森、文庫版p.618)

 「最終選考はあくまで大森、日下、ゲスト選考委員の三名で協議するものであり、小浜さんは司会者の立場であると理解している。(中略)小浜さんの意見が選考結果に影響するほど強く反映されるのは本末転倒であろう」(日下、文庫版p.624)

 「編集サイドのバイアスが選考の場に持ち込まれるならばある種の癒着であり、問題だと思う」(瀬名、文庫版p.629)

 委員三名とも何だか檄おこ。相当もめたんだろうなあ。『原色の想像力3』以降をちゃんと出すべきだと思う。


[収録作品]

『さよならの儀式』(宮部みゆき)
『コラボレーション』(藤井太洋)
『ウンディ』(草上仁)
『エコーの中でもう一度』(オキシタケヒコ)
『今日の心霊』(藤野可織)
『食書』(小田雅久仁)
『科学探偵帆村』(筒井康隆)
『死人妻』(式貴士)
『平賀源内無頼控』(荒巻義雄)
『地下迷宮の帰宅部』(石川博品)
『箱庭の巨獣』(田中雄一)
『電話中につき、ベス』(酉島伝法)
『ムイシュキンの脳髄』(宮内悠介)
『イグノラムス・イグノラビムス』(円城塔)
『神星伝』(沖方丁)
『風牙』(門田充宏)


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