SSブログ

『ミュージック・ブレス・ユー!!』(津村記久子) [読書(小説・詩)]

 「自分が持たざる者であることをあまり気にしていなかった。音楽があるだけましだと思うのだ。いや、「だけまし」なんて物言いは本当におこがましくて、要するに、音楽は恩寵だった」(文庫版p.173)

 音楽を聴くと、それが鳴っている何分かだけは、息を吹き返すことができる。自分はその何分かをおびただしく重ねることによって延命しているだけだと思う……。音楽好きの高校生アザミが送っている、どうもぱっとしない、でもかけがえのない青春を丁寧に描いた長篇小説。単行本(角川書店)出版は2008年6月、文庫版出版は2011年6月です。

 「短所はあれです、なんかこう行動が遅くて、でも余計なことは簡単にやってしまって、勉強ができんくて、だからまあ頭が悪くて、男子から嫌われてて、ときどき女の子からも変な目で見られて、ほかにいろいろ。長所は、ええと、どんだけ食べてもあんまり太らんとこです」(文庫版p.130)

 他人との付き合いは苦手、成績も最下層。いきたい大学も、なりたい職業も、そもそも自分のことも、よく分からないまま、もやもやした日々を送っている高校三年生のアザミ。でも、彼女は不幸でも打ちひしがれてもいない。音楽があるから。

 「音楽のことだけを考えている時、アザミの頭の中でアザミはアザミ自身ではなかった。(中略)日本の女子高校生であることを恥じるわけではないけど、それを謳歌できる同世代の女の子たちを遠く感じるのは事実だった」(文庫版p.8)

 「アザミが頭の中で演じているような男の子は、すわりの悪い女子高校生の自分ではなく、現状をまるでそれが永遠だとでもいうように、確信的に生きている女の子たちを選ぶことも知っていた。それでもアザミは、音楽が鳴っている間は自分が自分でなくなることができるという空想を捨てることができなかった」(文庫版p.9)

 「音楽こそはその際に立ち続けていれば世界が吹き込んでくる窓だとアザミは信じていた。それはもう、信仰といってもいい具合に」(文庫版p.10)

 そんなアザミには、チユキという親友がいます。チユキは、何というか、冷静な激情家というか、周到なロックンロールというか、とにかく許せないと思ったら直接行動に出てしまうタイプ。

 痴漢を撃退したり、女の子を侮辱した男をトイレの掃除用具入れに閉じ込めて何日も放置したり、煙草のポイ捨てをした女を追跡して火のついたままの吸殻をブランド物のバッグに放り込んだり。さらには、友人であるアザミがちょっと気にしていた男と仲良くしている女子の髪の毛にガムをつけたり。

 まったくの犯罪なので、よいこは真似しないように。

 もちろん正義感からの行動ではないし、というかぜんぜん正義じゃないし、正当化もしないし、そもそも理由らしい理由もない。でもやってしまう。許せないと思ったら絶対引かない。行動する。理不尽でストレートで辛辣でかっこいいチユキ。

 「アザミは、チユキは何のためにああいうことをしたのだろうと今更ながらに考えた。キノシタさんに何らかの同情を感じたからだろうか。そうではないと思う。チユキはただ、ああいうことをせずにはいられなかったのだ。そういう人なのだ」(文庫版p.161)

 「アザミはどうしてもチユキを批判する気持ちにならなかった。自分がチユキの立場ならそうしたというのではなく、チユキはそういうことをする人で、それが問題であることもよくわかっているけれど、だからこそ自分はチユキと友達でいるのだということをアザミは改めて自覚した」(文庫版p.152)

 そして、自分と似たタイプの男の子、トノムラとの出会い。音楽という共通の趣味を通じて、二人の距離は次第に近づいてゆく、かというとそんなこともなく。ねーよ。

 「誰かを、ひどいだとか、卑劣だとか、くだらないだとか思うことはときどきある。けれど、あほやな、と思うことはそんなにない。それはいつも自分が他の人から思われていることだ」(文庫版p.116)

 「トノムラのことを考えた。あまり想像したことはなかったが、自分たちは似ているのかもしれない、とアザミは思った。自分に似ていると思う人間と出会ったのは初めてだった。それはとても面白いことだったし、ほんの少しだけ心強いことでもあったが、うちに帰って自転車を停めるころに残っていたのは、トノムラへの同情だった」(文庫版p.188)

 「「音楽について考えることは、自分の人生について考えることより大事やと思う」 トノムラは続けた。アザミは、息を吸い込んで神妙に耳を澄ました。話をするようになって初めて、トノムラの言葉にはそうやって耳を傾ける価値があるような気がした」(文庫版p.204)

 内面描写とはいえ、いちいち容赦ないというか、忌憚なさ過ぎというか、むしろトノムラがちょっと気の毒になります。結局、アザミの連絡先すら教えてもらえないし。

 どうにもさえないアザミですが、人として大切なこと、矜持や、敬意や、礼節や、誠意や、そこは決して違えない子です。どんなに欠点があろうとも、どんな理不尽な目にあおうとも、誇りを捨てない、道を間違わない。そういう彼女のきちんとしたところ、着実に成長してゆく姿がしっかり書かれていて、とてもまぶしく、嬉しい。

 「あんたはそうやって生きていったらええやん。 それは少しも価値のあることには思えなかった。そう感じる自分でいいのだ、とアザミは東京弁先生に背中を叩かれたような気がした」(文庫版p.80)

 「それは尊敬と言っても過言ではない感慨だった。先生はいくつなのだろうかとアザミはふと思った。あたしは先生ぐらいの年になったら、そんなふうにいくつも他人の事情を掛け持ちできる程度にはかしこくなれるのだろうかと」(文庫版p.208)

 「こんなことではいけないのに、と今年に入ってから、ともすればここ二年ぐらいで初めて思った。自分はできないということに逃げ込んでいる。それはもうできないことは厳然としてできないのだが、けれどこんなことでまでできないですませていいのだろうか。どうしたらちゃんと伝えられるのだろうか」(文庫版p.214)

 「もっとうまくものが言えるようにならなければいけないと思った。べつに全員にでなくてもいいけれど、とにかく自分が何かを言いたいと思った相手にはちゃんと言えるようにならなければいけない、と思った。本当に長いこと、アザミは座って考えていた」(文庫版p.215)

 「本当に、もう少しだけ考えれば、何かが自分の中で決まりそうだったのだが、それが何々大学の何々学科に行きたいという具体性のあるものでもないことも、なんとなくわかりかけていた。もっともやもやした円のようなものが頭や心の中にあって、アザミはそれがゆっくりと閉じてはっきりとした図形を描くのを待っている状態だった」(文庫版p.222)

 というわけで、ちょっと風変わりで頼りない高校生を主人公に、印象的な友人知人を多数登場させ、様々なことを経験しながら成長してゆく姿を描いたストレートな青春小説です。

 庇護されたときが終わり、仲のよい友人たちとも離ればなれになり、ただ一人で世界に立ち向かう覚悟を固める、あの瞬間。誰もが大切な思い出として心の中に刻み込んでいるであろう、あの感触がひしひしと蘇ってきます。切ないほどに。

 「車窓の向こうに世界が見えた。畏れが胸を通り過ぎて息をのんだが、やがて頭の中で鳴っている音楽がそれをさらっていった」(文庫版p.234)


タグ:津村記久子
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0