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『小心者的幸福論』(雨宮処凛) [読書(随筆)]

 プレカリアート問題の現場に立ち、その最前線で闘っているゴスロリ姿の作家にして社会運動家。雨宮処凛さんがご自身の体験に基づいて語る、小心者が幸福になる方法。というかちょっと待って、雨宮処凛さんが小心者ってそれどういう意味ですか。単行本(ポプラ社)出版は2011年3月です。

 激しいイジメ体験から家出のようにしてビジュアル系バンド追っかけへ。自殺未遂を経て新右翼団体加入。ミニスカ右翼として街宣活動に取り組み、愛国パンクバンドを結成。北朝鮮へ飛んだり、イラクでライヴしたり、サダム・フセイン氏の長男に大統領宮殿に招待されたりしているうちに、ゴスロリ作家としてデビュー。今やプレカリアート問題の論客として大活躍。

 そんな経歴からは、大胆不敵というか、豪放磊落というか、豪傑イメージの雨宮さんですが、実はご本人は「400円割引となっていたので買った肉がレジで80円しか割引されず、店員さんに尋ねてみることなど絶対にできず、帰宅してからレシートと肉の割引表示を見比べて悶々とする」(単行本p.10 より)ような小心者なのだそうです。

 それは意外というか、ショックというか、人間不信に陥ってしまいそうというか、その店は「雨宮処凛から不当搾取した会社」の称号を手に入れたなというか、最後のは関係ありませんが、とにかく驚かされます。

 ところが本書を読み進めるうちに、ああこの人は本当に心の底から小心者なんだな、ということがしみじみ分かってきます。普通の小心者なら怖いから考えないようにしていることを、あまりに小心者であるため突き詰めてしまう。自分が生きていてもよいという自信がないあまり、考えないようにして「行動」に走ってしまう。他人が怖いからゴスロリファッションで身を守る、極端なキャラを作る。なるほど。

 そんな著者が、同じように(ただしもう少しマイルドな)小心者、この社会で生きづらさを抱えて悩んでいる読者に向けて、どうすれば心の平安を、幸福を手に入れることが出来るかを教えてくれます。

 「できるだけ好かれないように生きる」
 「比較しても意味のない人としかつきあわない」
 「治外法権な存在として生きる」
 「むりやり行動的になる」
 「友達より同志を作る」
 「自分より小心者としかつきあわない」
 「どうでもいい、を味方にする」
 「自分をむりやり正当化する」

 何だか目次を眺めているだけでも説得力を感じますが、何しろ尋常ならざる実体験に基づいた助言なので、類書とは迫力が違います。

 例えば「比較しても意味のない人としかつきあわない」という項目では、かつては友達と自分を細かいところまでいちいち比較して落ち込む比較地獄にいたが、右翼の大物や左翼の活動家のオッサン連中と知り合って、救われた、というのです。

 「彼らの前で、私が友人との微妙な差異競争に勝つために買った持ち物や服や化粧品はまったく意味をなさないどころか限りなく無価値になった。そんなことよりも彼らにとっては「革命」とか「世界情勢」とかの方が重要だからだ。(中略)私は何をどう張り合えばいいのだろう。というか、そんな競争には最初から勝てっこないし勝ちたくもない」(単行本p.35)

 そりゃそうだ、と笑いつつ、確かに彼女のケースは極端としても、自分とは全然別の価値観で生きている人とだけつるむ、というのは効果的だろうな、と納得させられます。人生相談本などは「他人といちいち比較するのを止めましょう」とお説教してくるわけですが、さすがは真の小心者。止めましょうと言われて止められるわけないことを身に沁みて分かっているため、そもそも比較しようがない状況に逃げましょう、というわけです。

 やがて革命家のオッサンたちだけでなく、社会運動をやっている人々と知り合うようになって、こんな心境に。

 「そこには「市場原理」的な価値観とはまったく別の世界があった。そして彼らは「市場原理」から弾き出されてしまった人たちの手助けを淡々としていた。そんな「優しい」人たちの姿に、私は長らく忘れていた「人への信頼」を取り戻した。人って、信じてもいいのだ、と久々に思ったのだ。そして気がつけば他人に自己責任を問うこともなくなり、そうしたら自分自身、なぜか生きやすくなっていた」(単行本p.97)

 私、社会運動というのは「社会を良くするための取り組み」だと漠然と思っていました。でも、必ずしもそれだけじゃない。生きるため、自分を肯定するため、生きやすさのため、つまり直接的に自分の幸福のために活動する、という側面もある、というかたぶんそれが中心にあるのでしょう。それって素敵じゃないですか。

 というわけで、この「競争原理」、「コミュニケーション力」、「自己啓発」といったものがやたらと幅をきかす、ほとんどの人にとって生きづらい社会のなかで、とりわけ小心者の読者が少しでも楽に生きるためのノウハウ本としてお勧めします。また、雨宮処凛さんがなぜプレカリアート問題に精力的に取り組んでいるのか、その理由というか動機を理解し、そして自分でも何らかの社会運動に加わる意義を見つける上でも意義ある一冊です。


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