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『刻まれない明日』(三崎亜記) [読書(小説・詩)]

 著者の『失われた町』と同じ背景世界を舞台にした、オムニバス形式の長編です。単行本出版は2009年7月。

 三千人をこえる人々が何の前ぶれもなく消滅してから十年。存在しなくなったはずの図書館分室からは今も貸し出し記録が届き、ラジオ局には失われた人々からのリクエスト葉書が舞い込み、廃止された路線バスが走っているのが目撃され、あるはずのない鐘の音が聞こえる。奇妙な現象が「失われた人々」と「残された人々」の想いをつないでいる、そんな町を舞台にした様々な物語。

 『失われた町』から、「隔てられた運命とそれを超えてつながる人の想い」というテーマを引き継ぎつつも、読者に不安を与える設定(人のきずなを介して伝染するケガレなど)を出来るだけ排し、ベタ甘ラブロマンスと少女漫画っぽいナイーブさを売りにターゲット読者層の拡大を狙ったリニューアル版、という印象を受けます。

 個々の短編の完成度は高く、各短編のつなぎ方(ある作品の主人公が、別の作品では脇役として登場するなど)も巧みです。「ヒノヤマホウオウを展示している動物園」だの「七階撤去」だの、旧作へのリンクがさり気なく埋め込まれているのも既におなじみの仕掛け。

 そういうわけで、良くできたラブロマンス短編小説を求めている読者には文句なしにお勧めですが、『となり町戦争』に見られた切実さや、他の短編集が追求している「とんでもない奇想を大真面目に書くことから生ずる何とも言えない妙なおかしさ」を求めている読者、というのは例えば私、にとっては不満の残る一冊です。


タグ:三崎亜記
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