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『怖い家』(ジョン・ランディス:編集、宮﨑真紀:翻訳) [読書(小説・詩)]

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 このアンソロジーに登場する屋敷は、たいていが(すべてではない)十九世紀以前の伝統的な幽霊屋敷だ――今にも崩れそうな大邸宅、暗い廊下、鍵のかかった扉、四柱式ベッド、溶けた蠟燭、そう、エドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」の屋敷そのものだ。そこには決まって何か怪しげな過去がある。人が死に、何か恐ろしい事件が起き、邪悪に支配された場所。そうした過去の悪魔たちが当然の権利とばかりに今そこに姿を現し、われわれを追い詰める。(中略)ここに集めた物語を読めば、開けてはならない扉があるのだと、みなさんにもおわかりいただけるだろう。
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「序章 開けてはいけない扉がある」より


 ポー『アッシャー家の崩壊』、ギルマン『黄色い壁紙』、サキ『開けっぱなしの窓』。さらにブラックウッド、ウェルズ、ラヴクラフト、ビアス、ブラム・ストーカー、オスカー・ワイルドまで。古典的な名作を中心に、いわゆる幽霊屋敷を舞台とした定番短篇を収録した怪奇小説アンソロジー。単行本(エクスナレッジ)出版は2021年11月です。




収録作品
『アッシャー家の崩壊』(エドガー・アラン・ポー)
『幽霊屋敷と幽霊屋敷ハンター』(エドワード・ブルワー=リットン)
『空き家』(アルジャーノン・ブラックウッド)
『赤の間』(H・G・ウェルズ)
『忌み嫌われた家』(H・P・ラヴクラフト)
『幽霊屋敷』(アンブローズ・ビアス)
『カンタヴィルの幽霊』(オスカー・ワイルド)
『サーンリー・アビー』(パーシヴァル・ランドン)
『判事の家』(ブラム・ストーカー)
『黄色い壁紙』(シャーロット・パーキンス・ギルマン)
『呪われた人形の家』(M・R・ジェイムズ)
『オルラ』(ギ・ド・モーパッサン)
『和解』(小泉八雲)
『開けっぱなしの窓』(サキ)




『アッシャー家の崩壊』(エドガー・アラン・ポー)
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 アッシャー家の屋敷を目にしただけでこれほど不安に責め苛まれるのはなぜだ、と私は立ち止まって考えてみる。解けない謎だったし、頭の中で押し合いへし合いする暗い想像を組み伏せることもできなかった。結局、今ひとつ納得のいかない結論で我慢するしかなかった。きっと、一つひとつはごく単純だが、まとまると人にこうして強い影響を与える自然物の組み合わせというものがあるのだろう。だが、この力を分析しようにも、われわれの理解力の範疇を超えているのだ。
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 幽霊屋敷ものの代名詞となっているポーの名作。ラストどうなるのかをタイトルで明示するというはなれわざの効果には何度読んでも感心させられます。




『幽霊屋敷』(アンブローズ・ビアス)
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 さっきまで大音響のもとにいたのに、しんとした静けさの中にいきなり放り込まれて、なにやら頭がぼうっとしていたが、ようやく多少はわれに返ったとき、私はとっさに今閉じたドアをまた開けようと思った。ドアノブから手を離した覚えはなかったのだ。指にはっきりと握っている感覚があった。はたして本当に視覚と聴覚を失ってしまったのかどうか、再び嵐の中に戻って確かめよう、そういうつもりだった。私はドアノブを回し、扉を引いた。するとそこに別の部屋があったのだ!
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 他の作品が雰囲気を盛り上げるために数十ページを費やしているのに対して、開幕後3ページで強烈なショックを与え、さっと終わる見事な短篇。一度読んでしまうと、なじみのない建物から「外へ出る扉」を開けるとき、いつもこの謎めいた物語を思い出すことになるでしょう。




『カンタヴィルの幽霊』(オスカー・ワイルド)
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 連中が低級な物質主義的世界観の中で生きていることは明らかで、感覚に訴える現象の象徴的な価値がわからないのだ。幻の体を作り出し、幽霊として出現することは、もちろんそれとは事情が別で、じつは彼自身がどうこうできることではない。週に一度廊下に出ること、毎月第一と第三の水曜日に大きな出窓越しによしなしごとをぼそぼそと話すことは彼の厳粛な義務で、その仕事を怠るのはけっして許されないと思っていた。自分の人生がとても邪悪なものだということは確かだが、その一方で、超常現象にかかわることには何でも誠実に取り組んだ。
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 威厳と格式を持って真面目に超常現象に取り組んでやまない英国の幽霊。だが屋敷にやってきたのは、下品で騒がしい米国人一家だった。たちまち幽霊は笑いものにされ、夜中におどかされ、子供部屋に侵入しようと扉を開けたとたんに上から降ってきた金たらいに直撃される始末。びくびくしながら暮らすはめになった幽霊は、ただひとり同情的だった若い娘に自らの苦境を愚痴るが……。皮肉とユーモアに満ちた好短篇。これを中央に置くという本書の配置の巧みさ。




『黄色い壁紙』(シャーロット・パーキンス・ギルマン)
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 ときどき、無性にジョンに腹が立つことがある。わたしだって以前はこんなにぴりぴりしていなかったのに。今は神経が参っているからなんだと思う。
 でもジョンは、君がこの家のことをそんなふうに感じるなら、そのうち自分をきちんとコントロールできなくなるかもしれんな、と言う。だから必死に自分を保とうとしているのだ――すくなくとも彼の前では。でもそうして無理をすると、ひどく疲れる。
 今いる部屋がどうも気に入らない。本当は、一階下にある、ポーチに面した部屋がよかった。窓辺に薔薇があふれ、ずいぶんと古風なチンツ織のカーテンがまたいい感じなのだ。でもジョンは聞く耳をもたなかった。
 窓が一つしかないし、ベッドを二つ置いたら狭すぎるし、自分が別の部屋に移るとしても近くに適当な部屋がない、と彼は言った。
 夫はやさしくて、とても注意深くすべてに目を配り、特別な監督のもと、わたしをできるだけ動揺させまいとしている。
 私の一日は一時間単位でスケジュールが決まっていて、彼があらゆる負担を肩代わりしてくれている。だから、それをもっとありがたいと思わなかったら、恩知らずな人間だと感じてしまう。
 ここに来たのは、ほかでもない君のためなんだ、とジョンは言う。
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 語り手の夫人は、新しく引っ越してきた屋敷の自分の部屋が気に入らない。特に黄色い壁紙が嫌だ。夫に部屋を変えてくれと訴えてもやさしくなだめられ、まったく聞いてもらえない。何をすべきか、何をしてはいけないか、すべて夫が決める生活。作家としての才能と情熱を持ちながら書きものは許されない。抑圧と支配を優しさだと思い込もうとしながら、夫人は黄色い壁紙を眺め続けていたが……。今も多くの女性が置かれているであろう地獄を、一人称の語りを巧みに使って表現した名作。正直、これを幽霊屋敷ものに分類するのはどうかと思う。




『開けっぱなしの窓』(サキ)
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「叔母が世にも恐ろしい悲劇に襲われたのは、ほんの三年前のことなんです」少女は言った。「お姉様はその頃、もうここにいらっしゃらなかったみたいですね」
「悲劇?」フラントンは訊き返した。こんなのんびりした田舎に悲劇などという言葉はそぐわないと思えた。
「十月の午後にあの窓を開け放っておくなんて、どういうことだろうとお思いではありませんか?」姪は、芝地に面した大きなフランス窓のほうを示していった。
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 訪問先の相手を待つ少しの間、15歳の少女と会話することになった男。少女は数年前にこの家に降りかかった悲劇について語り始める。切れ味するどいショートショートのお手本のようなサキの短篇。本作を最後に配置するという、何という人の悪さ。





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