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『笙野頼子発禁小説集』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

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 あなたは今、憲法二十一条の実現に基づき、この私の文を読んでくれている。見ての通り、刊行出来たから。
 主要掲載誌の版元から、作者の思想信条が理由で出なくなった本が、で?
 さあ、今から目次を見てみよう。そこにはこの本が刊行出来た、私がそうする気になった理由が光っているのだから。目を皿にして見て欲しいこの本の目次を!
 既に一冊分の分量がある群像の連作に加えて計二十五枚、それはこの鳥影社が発行を引き受けている純文学専門誌季刊文科掲載の短編二つである。内容は?
 時間軸も社会軸も群像と同じ、中にはかぶっているエピソードもある。
「難病貧乏裁判糾弾/プラチナを売る」(季刊文科84号)/「古酒老猫古時計老婆」(季刊文科86号)
 と書くと、何か群像の三百枚分の添え物にしたかのように思うかもしれない。でも実は違う、話は真逆である。この二作が本書の目玉なのだ。(中略)もし、この二作がなかったらこの本は作家の動機というか書きたい事が隠されたまま、芸術作品として一定の評価を得るだけだった。しかし、世に訴えようとして書いた事を私は残したい!
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単行本p.15、17


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第138回。

「私小説は報道だ捕まるまで書くだけだ。この、自由を守ってくれた鳥影社に感謝する」(単行本p.349)

 長編二作のボツ、大手出版社の単行本化拒否、コロナ質屋貧乏暮らし、圧力中傷手のひら返し。様々な困難を乗り越えついに刊行された渾身の「報道」私小説集。差別だヘイトだと糾弾された作家は、実際には何を書き何を主張したのか。「最近、笙野頼子がトランス排除の陰謀論だか何だか主張したせいでネットや文芸誌で叩かれてるらしいよ? 知らんけど」くらいの認識の方必読の最新作品集。単行本(鳥影社)出版は2022年5月です。


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 私は干され、怒鳴られ、ヘイターと言われてもう三年を越えている。私はヘイターじゃない! 今もまだ本来の左翼の気持ちでいる。その証拠として、ここにまずこれを収録する。むしろヘイターは女消の方である。ウーマンヘイター・メケシと覚えてね。
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『九月の白い薔薇 ―ヘイトカウンター』まえがきより(単行本p.41)


 『笙野頼子三冠小説集』 『笙野頼子窯変小説集』に続くシリーズ第三弾……と思った方いるかも知れませんが、内容的にはそうではありません。「群像」に掲載された連作私小説、「季刊文科」に掲載されたいわゆる性自認法の危険性を訴える作品、さらにこまめに解説や補足説明などを加えてまとめた一冊です。




目次
『前書き 発禁作家になった理由?』
『女性文学は発禁文学なのか?』
『九月の白い薔薇 ―ヘイトカウンター』
『返信を、待っていた』
『引きこもりてコロナ書く #StayHomeButNotSilent』
『難病貧乏裁判糾弾/プラチナを売る』
『質屋七回ワクチン二回』
『古酒老猫古時計老婆』
『ハイパーカレンダー1984』




『前書き 発禁作家になった理由?』
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 そも、私小説とは? 目の前の事を書いた時に世界全体を書こうとするもの。しかも目の前にあるものの「総てを」書く。それが現実ならば睨んで書く、具体を肉体を暗黒を詳細を、いかさまな禁忌が隠せないものを、……。
 そして「予言」は当たるけど私は潰される。
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単行本p.13

 全体の前書き。「群像」に掲載された連作が単行本化を拒否された件、何が問題でどうして糾弾されることになったのかの解説、この単行本の刊行に至るまでの経緯をまとめてくれます。




『女性文学は発禁文学なのか?』
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 不味い事に、というか前書きで述べたように、現在この新訳「性自認」、絶対に公式に批判出来ない。理由? ――この新訳語が「性的少数者の苦しみを救う根本にある」と主張する「善意の」人々がけして真実を報道させないからだ。そして、この性自認の尊重と人権扱いが性的少数者にとって必要欠くべからざるものという、誤解、誤認、誤報道を熱心に押し通すからだ。
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単行本p.36

 文藝家協会ニュースに掲載された、性自認法/セルフID法に反対しその危険性を訴えた文章。ネットに無断転載されたことから炎上状態を招いた作品。本編の三倍以上の補足『性自認とは何か?』『女を消す運動、女消運動、メケシとは』を追加した上でこの単行本の劈頭を飾ることになりました。




『九月の白い薔薇 ―ヘイトカウンター』
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 今、私がいるこの時代とは何か、それは上が規則を破り公約法律議会全部、本質を失わせ捕獲する世界。そして外国からフェミ認定で褒められた初の女性(極右)都知事は、慰霊祭への追悼文を出さないようにした。ばかりかそのお供養に対抗する嫌がらせ的法事が、このみんなの広場横網町公園において許可されている。それはお供養の紛らわしい偽物、主催するのは極右女性団体。だけど今や、もう右も左もない。ここはTPPの平気な人達が、保守を自称する国なのである。
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単行本p.43

「今もまだ本来の左翼の気持ちでいる。その証拠として、ここにまずこれを収録する」(単行本p.41)

 ヘイトデモ的な嫌がらせが予告されていた慰霊祭、カウンター側に参加したときの体験を書いた作品。




『返信を、待っていた』
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 そこに言葉はないし正体もない。ただ大地の底で小さい火が燃えている。崖が向こうにある。かつて私を生かしていたものが全部滅亡している。それでも、怒りを維持する事で生命を維持している。どんな時も、今をやり過ごしても未来を憂えていたら、他人の人生を生きて蘇ってこれる。難病の若い人のブログを読んでいて、食べているおやつの写真を見る。この知らない人が死ぬことが嫌だと思う。
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単行本p.72

 若くして亡くなった詩人、川上亜紀さんの追悼のために書かれた作品。川上亜紀さんとの交流をえがきながら、彼女が受けた理不尽な仕打ちや受難を自身のそれと重ねてゆく。
 今回単行本化にあたって自作解説が追加され、本作(における一部描写)が気に入らない連中による糾弾や嫌がらせ、さらにはファンサイト管理人が彼らに絡まれた挙げ句にサイト更新停止に追い込まれた件が報告されています。この件については、川上亜紀さんの知り合いである私の配偶者(詩人)も怒り悲しんでおり(死んでからまでこんな仕打ちを受けるなんて……)、また私自身についていうなら、長年に渡って拙い(ほとんど引用しかない)私のブログ記事にこまめにリンクをはってくれたファンサイト管理人に対する(一方的ながら感じていた)恩義や連帯感が踏みにじられたようで個人的にも腹が立ちます。
 なお遺族がまとめた全詩集『あなたとわたしと無数の人々  川上亜紀刊行全詩集』(七月堂叢書)が、偶然ながら本単行本と同時期に出版されていることをここに記しておきます。




『引きこもりてコロナ書く #StayHomeButNotSilent』
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 要するに我が国ではことが起こるとただパニックになり理由もなく下位のものを叩く。さらには不幸な人間を追放して目の前から消そうとする。
 要するに文脈のある行いをみると切れる、の一択。しかし実はそれが結局今の我が国の土俗、習俗、国民性なのではないかと私はついに、思うようになった。
 なおその成分とは? 先述したような、仏教伝来の頃のセーフが作り込んだ、ケガレ、ハライ、ミソギの「信仰」。或いは他人さえ不幸にすれば富貴になれるという「おとぎ話」。どんな最底辺にいるものであってもさらに下をたたいて権力に同化すれば、この魔術で栄達の日々が来るという「期待」、で出来ている。同時に、……。
 この国の精神衛生は女性に当たり散らすことによって支えられているとも思う。女子児童や難病の老婆に加害すればすべてオッケー、の世界である。今は上から下まで、国中でやっている。(中略)徹底して何にも対処しない。不幸も犯罪もなかった事にする、その被害者までも沈黙させる。もしそれでも被害者が負けなければ、いないことにする。ついに被害者が死ねば死者に自分達の罪を被せ、黒歴史の責任をすべて押しつける。
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単行本p.157、161

 新型コロナ禍のなかであらわになったこの国の棄民精神、その背後にある黒土俗「信仰」を、疫病を軸にえがき、権力に呪い返しを仕掛ける作品。




『難病貧乏裁判糾弾/プラチナを売る』
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 で? 女は女の女による女のフェミニズムをやりますというとそんなフェミニズムは殺す殴る犯すお前等は排除的差別者だと言われ、干され脅かされ糾弾される。無論、女だけでやる原則的フェミニズムというのは世界中にあるに決まっている。しかし日本には現在そういうラディカルフェミニズムの目ぼしい学者というのがいない。私などは文学でありながらそれの代用、代表に仮に(勝手に)されている。なので……。
 最近の私は、――殺せ殴れ犯せ顔に入れ墨しろ糾弾会に来い石打ち拷問しろ道で大便していろ私の本を焼きたいが煙が迷惑なのでゴミの日に捨てろ文藝家協会も出ていけと言われている。基本、人間ではないという事をくりかえされている。私の他親子二代の共産党支持者や女性の若い党員が言われている。ナチスがユダヤ人に言ったのと同じようなセリフを自分達が被害者だと言いながら、男とその奴隷のインテリ女学者達が、普通のレズビアンや市井の性転換当事者にまで言い続ける。その上、一部共産党支持者から出ていけと言われている末端党員の女達などは、離党した上で日本第一党に投票しろなどと強要されている。党本部は助けない。黙っている。そんな中「糾弾は良くない」という返事を私は共産党の総意として某委員会からやっとメールで貰い、有志が作ったサイトに投稿した。
 すると、共産党ではなく私だけが責められた。党に批判が来た時も中央委員会の窓口係は何も中央に問い合わせをせず、一方的な話をする批判者に対しうち関係ありませんと言っただけだ。弱虫! 卑怯者!
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単行本p.222

 イカフェミニズム、共産党の掌返し、著作・書店・出版元に対する糾弾など、作家の受難と状況をまとめた作品。この単行本出版の背景と経緯が書かれます。




『質屋七回ワクチン二回』
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 私は名出しの上で声を上げていた。しかし発禁と言ったって十七年前に出した本の復刻版を、ただ私の作品だからと言って怒ってくるのである。相手は唯心論者で私はアカの魔女だ。
 しかも今年は七月に長編の書き直しまで返ってきた。これで貧乏が一段と深まった。私は書けないのではない。リスクのある作家になってしまったのだ。だけど何も差別とか私はしていない。唯物論者なので偽りが書けない。その結果が今の困難である。
(中略)
 私は貧乏して貴金属を売った。でも徹夜で仕事した。何も変な事も書いていない。テーマ、女という言葉、概念、主語、その大切さ、女の歴史を消すな、だけであって……。
 つまりは自分が女である事を、医学、科学、唯物論、現実を守るために書いた。子供の頃、男の子になりたくて、驚くと出てしまう自分の女らしい声が辛くて死にたかった。でもそれは思春期によくある事だそうだ。今は閉経もして、今までセックスも何もしなかったし、爽快になっている。そこには「予言」と言われる程ずっと書いてきたテーマもあった(なのに今さら書店に置くなだのと)。
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単行本p.248、283

 生活困窮や質屋通い。その事情を書いた、『増殖商店街』や『居場所もなかった』を思い出させる作品。掲載誌「群像」の出版元から「「このようなご主張のある」作品を含んだ刊行」(単行本p.2)を拒否されたとのことで、ある意味で本単行本の出発点。




『古酒老猫古時計老婆』
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 で? 私は昨年から書く方こればっかりだが、成果はというと?
 この季刊文科とネットに感謝するのみ! 他所では結局本二冊分の没を私は書いた(でも今から中編ひとつ発表出来るかも)。しかしもともと作品化は難しいテーマだしこれで金がない。でもだったら私小説家の貧乏話をやるのに良い? 病は悪化したが、なんだろう秋風に同化出来る私。そして仲間がいる、世界中に。でも返済の事を考えると辛くなってくる。
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単行本p.323

 性自認法/セルフID法にまつわる世界情勢と作家の身辺をならべて書く作品。




『ハイパーカレンダー1984』
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 今現在、マスコミやネットで糾弾されている「トランス差別」と称せられているもの大半は実は本当の差別などではない。
 もし、トランス差別と言われたら相手のクレームの大半は実はトランス原理主義、女性差別や性犯罪的侵入、児童に対する医療虐待の正当化なのだ。つまりそれは本来の実在の性的少数者の権利をむしろ侵害、誤解させる可能性がある、虚構でしかない。というわけで、……。
 たったそれだけの事をこうして書くのにここまで大変な事になってしまった。
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単行本p.342

 古いワープロがぶっ壊れて必死の思いで手にいれた代替品に「愛があふれてきて、ついつい手久野バブ子、てくのばぶこ、という名前をつけてしまった」(単行本p.329)という思わず吹き出すエピソードからはじまる後書き。今さらワープロ専用機なんて、と思う人は親指シフトキーボード搭載オアシスを使ったことがないのでしょうか。私も政府から頂いた給付金をすべて(製造中止が決定した)親指シフトキーボード数枚につぎ込んで、それを積み重ねて祭壇にしています。





タグ:笙野頼子
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