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『Life Changing ヒトが生命進化を加速する』(ヘレン・ピルチャー:著、的場知之:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 人口増加にともない、わたしたちが地球に与える影響は莫大なものになった。いまや人類は、とてつもなく効果の大きい進化的圧力だ。ヒトの活動は淘汰圧の源であり、地球上にくまなく存在する。わたしたちの行為がほかの生物の進化を過熱させている。新たな形質が生じ、わたしたちの目の前で、生命は変化している。わたしたちは都市を建設し、化石燃料を燃やし、海から資源を収奪するといった、大規模な集団的行為によって進化を操っているが、それだけではない。バス釣りや野鳥の餌やりといったささいな営みを通じても、変化を起こしている。わたしたちは荒れ狂う進化的変化の奔流をこの世界に解き放った。その結末は、いったいどんなものになるだろう?
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単行本p.223


 野生動物の家畜化、品種改良、遺伝子操作、クローニング、棲息環境の改変、人為進化、再野生化。人類の活動は地球上の生物すべてに影響を及ぼし、その進化の道すじに深く介入し、生態系の未来を操っている。様々なエピソードとともに、人新世における生物進化に人類が与えている甚大な影響を解説する本。単行本(化学同人)出版は2021年8月です。


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 ヒトが計画的に方向づけてきた進化もさることながら、ヒトがさまざまな活動に伴って地球の生命圏を無頓着に大々的に改変してきた結果、あらゆる生物の進化の軌跡に意図せざる影響が及んでいるのも、人新世のもうひとつの特徴です。人為と自然のバランスの崩壊を裏付けるデータは数多あれども、5000種を超えるすべての哺乳類を合わせたバイオマスのうち、家畜とヒトが96%を占めるという推定は、衝撃的というほかはありません。(中略)人類は万能とはほど遠く、長期的計画も俯瞰的視野もないまま、それでも広範で莫大な影響力という意味で、いつのまにか地球の生命進化の管理者の地位に就いてしまいました。
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単行本p.324、


目次

1章 おなかを見せたオオカミ
2章 戦略的ウシと黄金のヌー
3章 スーパーサーモンとスパイダー・ゴート
4章 ゲーム・オブ・クローンズ
5章 不妊のハエと自殺するフクロギツネ
6章 ニワトリの時代
7章 シーモンキーとピズリーベア
8章 ダーウィンのガ
9章 サンゴは回復する
10章 愛の島
11章 ブタと紫の皇帝
12章 新しい方舟




1章 おなかを見せたオオカミ
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 イヌはいまやすっかりわたしたちの日常生活の一部なので、気にも留めなくなっているが、イヌの出現はこの世界の自然史において画期的なできごとだった。イヌは最初の家畜動物だ。ヒトがある生物種を選びだし、もっと好ましいものにつくり変えたのは、これがはじめてだった。以来、わたしたちは進化の力に抗い、生物の本来の特性を、それとは別のポスト自然の方向へと誘導するようになった。イヌの誕生は、ほかの家畜を生みだす基礎となり無数の原因と結果の連鎖を引き起こして、世界に不可逆的な変化をもたらした。
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単行本p.9

 進化の道すじに対する人為的介入のスタートは、野生動物の家畜化だった。オオカミやキツネの例をもとに家畜化が進化史にどのような意義を持つのかを確認します。




2章 戦略的ウシと黄金のヌー
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 これが野生動物なら、わたしたちは状況をありのままに見て、問題を指摘するだろう。個体群が断片化し、遺伝的多様性が著しく低下していると。絶滅危惧種に指定するかもしれない。ホルスタインやアバディーン・アンガスといった産業的品種の誕生により、競争にさらされた農家は伝統品種の多くを放棄し、こうした利益を生むウシに手をだした。その結果、すでに100を超える家畜の在来種が絶滅し、さらに1500品種が同じ運命をたどると見られている。これにより、わたしたちの食料供給が危険にさらされるかもしれないと、遺伝学者たちは真剣にウシの未来を憂いている。
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単行本p.57

 選択交配による家畜品種創造の例としてウシを取り上げ、それが何をなし遂げ、どのような問題を引き起こしているのかを解説します。




3章 スーパーサーモンとスパイダー・ゴート
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 赤いカナリアから、薬を生むニワトリや蛍光熱帯魚を経て、スパイダー・ゴートまで。わたしたちは長い道のりを歩んできた。そして、CRISPRの登場により、ついに遺伝暗号を自在に書き換える能力を手にした。選択交配が進化の舵取りの手段だったとすれば、CRISPRは進化を完全に逸脱させられる。(中略)数万年前に最初の家畜を飼いはじめて以来、ヒトはずっと彼らのゲノムを改変してきた。CRISPR遺伝子編集が確立されたいま、従来の人為淘汰と自然淘汰の垣根を超えて考えるべきときがやってきた。わたしたちは、30億年を超える地球生命史のなかに、一度たりとも似たものさえいなかったような、まったく新しい生物を創造する力を手にしている。
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単行本p.91、92

 遺伝子を直接書換えて新しい生物種を創り出すことが可能になった今、人類はその力をどのように使うべきなのだろうか。クモの糸を生産する山羊、薬品を産むニワトリなどの例を取り上げて、ゲノム編集技術の登場とその意義について解説します。




4章 ゲーム・オブ・クローンズ
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 ヒツジのドリーが誕生してから20年以上が過ぎ、その間にさまざまな種のクローン動物がつくられた。生殖型クローン作成とよばれる、動物個体の遺伝的コピーをつくる手法により、選りすぐりの個体の独自のゲノムが保存され、もとの個体を繁殖という重労働から解放した。クローン作成により、ブランド肉牛や、探知犬などの使役動物、ポロ用馬をはじめとする競技動物が誕生した。民間企業を信用するなら、クローン技術は愛するペットを失った悲しみを和らげる助けにも、絶滅種を復活させる希望にもなる。
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単行本p.120

 元の個体と同じ遺伝情報を持つ新たな個体を誕生させるクローニング技術。優れた特質を持つ個体のコピーは、食料生産、使役動物、競技用動物などの分野ですでに実用化されており、死んだペットや絶滅種の復活にも使われることになる。クローニングの現状と展望を解説します。




5章 不妊のハエと自殺するフクロギツネ
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 ヒトが有害生物を多少なりとも抑制できるようになったのは、歴史的に見ればつい最近だ。近年までは化学的駆除剤が主力兵器だったが、いまでは研究者たちは、遺伝学の力を借りた高度な手法を開発している。新たな手法は、有害生物の局所個体群を全滅させるどころか、種そのものを地球上から一掃する力をわたしたちに授けた。これは進化の戦争だ。地球全体に及ぶヒトの支配が未曾有のレベルに到達したいま、こうした手法をいつ、どのように使うか、あるいはそもそも使うべきか否かについて、社会は判断を迫られている。
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単行本p.126

 病気を媒介する虫、ローカル生態系の脅威となる外来種など、人類から見た有害生物を駆除する新たな技術。不妊遺伝子を組み込んだ個体を放ち、遺伝子プールに「汚染」を自動的に広げるのだ。特定の生物種を駆逐するまで止められないこの技術を、わたしたちはどのように使えばよいのだろうか。




6章 ニワトリの時代
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 たくさんの種がわたしたちの指をすり抜けていく。現在の絶滅率は、ヒトが現れる前の1000倍にも及ぶと、研究でわかっている。(中略)推定によれば、毎日、30~150の生物種が地球上から永遠に姿を消しているが、そのほとんどはわたしたちには見えない。大半の種は、辺鄙な場所に隠れていたり、目立たなかったり、未調査だったり、正式に発見すらされていない。おかげでわたしたちは、大量絶滅に無知で無頓着なままでいられるのだ。
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単行本p.157

 驚くべきスピードで進む生物種の大量絶滅。その一方で、ニワトリに代表される工業的畜産(ファクトリーファーム)のために生みだされた生物種はひたすら増え続けている。人類が地球上の生態系を完全に造り変えてしまった事実を直視します。




7章 シーモンキーとピズリーベア
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 地球温暖化で北極圏の氷が融解し、ホッキョクグマはグリズリーと出会った。農業の拡大にともなってイエスズメがヨーロッパに進出し、イタリアスズメが誕生した。そして、イギリスの鉄道網は、オックスフォード・ラグワートの種子を在来のノボロギクの分布域へと運び込んだ。異なる種どうしの交流を妨げていた地理的障壁をヒトが次つぎに取り払うなか、種間交雑は現在進行形で起こっている。何より、ヒトが生物種を地球上のあちこちに移動させた結果、交雑の機会が激増しているのだ。
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単行本p.196

 生息域が重ならないため本来は出会うはずのなかった種が出会い、交雑して、新しい種を生みだしてゆく。人類の活動により地球全体で増え続ける交雑種が生態系に与える影響について見ていきます。




8章 ダーウィンのガ
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 ヒトは自然環境を改変し、生命はそれに応じて進化する。わたしたちは都市を築くとき、同時に生命を新しく予測不能なやり方でつくり変えている。都市空間は、適切な遺伝的特性をもつ個体には新たな可能性をもたらすが、誰にでも優しい場所ではない。都市生活に適応できず、よそに逃れることもままならないなら、遠からずその種は死に絶えるだろう。都市建設は進化の火遊びだ。だが、都市化はヒトがもたらすさまざまな淘汰圧のうち、最もわかりやすい例でしかない。そこまであからさまでなくても、同じくらい根本的な変化をもたらす人為的な淘汰圧は、ほかにもたくさんある。
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単行本p.209

 環境が変化すれば新たな淘汰圧がかかり、生物はそれに適応するために進化する。こうした環境変化の多くが今や人類の手によるものであり、都市化や汚染などの人為的淘汰圧は生命進化を加速している。




9章 サンゴは回復する
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 生物学者が生きものを「保全」するとき、彼らは意図して進化を方向づける。問題は個体数の減少、あるいは遺伝的多様性の喪失で、両方のことも多い。自然保護従事者たちは、野生動物を管理し、重要課題を解決する冴えたやり方を考えだして、絶滅危惧種にとって、そして全世界にとっての、明るい未来を切り拓こうとしている。
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単行本p.227

 生物種を絶滅から守るために、進化の道すじに介入する力を使うことは出来るだろうか。サンゴの人為進化を例に、新たな自然保護の試みについて解説します。




10章 愛の島
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 時代が6度目の大絶滅へと加速するなか、地球の反対側のどこかにある孤島で、巣の番人たちが薄っぺらなテ
ントに寝泊まりして、次世代のカカポを見守っていると思うと、胸が熱くなる。カカポ回復チームの仕事は、どんなに見通しが暗くても、決して絶滅を既成事実と認めてはいけないと教えてくれる。25年前、プログラムがはじまったとき、チームに成功の保証はまったくなかったが、彼らには希望と固い意志、それに底なしの発明家精神があった。彼らは科学とテクノロジー、それにカカポ自体と同じくらい突拍子もないアイデアを大切にした。彼らの献身は身を結びつつある。
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単行本p.279

 絶滅寸前だったニュージーランドのカカポ。その回復はどのようにして成功したのか。あらゆるテクノロジーを駆使したカカポ回復プロジェクトについて解説します。




11章 ブタと紫の皇帝
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 再野生化は、劣勢にあるたくさんの種の分布域を拡大し、個体数を増加させ、進化の道筋にポジティブな影響を与える可能性がある。わたしたちが与えた自然環境への損害の一部を帳消しにして、この星をもっと緑あふれる生物多様性豊かな未来へと導くチャンスだ。いまや世界各地で再野生化プロジェクトがはじまっている。
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単行本p.292

 生態系を大規模に回復させる再野生化プロジェクト。動物の再導入を含むその計画には批判の声もある。自然環境を単に保護するだけでなく積極的介入により生物多様性を復活させる計画にはどのような意義があるのだろうか。




12章 新しい方舟
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 わたしたちは不穏な時代を生きているが、奇妙なことに、生物多様性の喪失を食い止める手段はかつてないほど手元に揃っている。再野生化は選択肢のひとつでしかない。ウマのクローンをつくり、サンゴの人工受精をおこない、カカポの全個体のゲノムを解読できるなら、近い将来、ほかに何が可能になるか、想像してみてほしい。わたしたちは科学界の巨人の肩に立っている。技術が進歩すれば、いまは手の施しようがない環境問題にも、きっと解決策が見つかるはずだ。研究者たちは分子的手法を用いて家畜の遺伝子を組み換え、おおいに成果をあげてきた。どうしてここで止めるのか? 人類の利益のために動物をする代わりに、そろそろ動物自身に利益をもたらす改変をはじめてもいいのではないだろうか? だいそれた考えだといわれるかもしれないが、状況次第では野生動物の遺伝子に手を加えることも認められると、わたしは思う。
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単行本p.314

 人類は地球上のあらゆる生命進化に介入してきた。ならば生態系を救うために進化に介入することと正しい行いなのではないか。生命と進化の道すじに対する人類の責任について語ります。





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