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『裏世界ピクニック7 月の葬送』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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「意図があるに決まってるじゃん! 挑戦状だよこんなの! わざわざ私の前に出てきて挑発してさあ、姿も見せないで鳥子を攫おうとしたり……。もうほんと、ムカついてんのよ私は」
「私怨で喧嘩してんじゃん。大丈夫なのか」
「私怨だろうがなんだろうが、黙ってたら舐められて、もっとヤバいことになるタイプの喧嘩なんですよ。これ以上あの女にイニシアティブ握らせたくないんです。ぶっころですよ、ぶっころ!」
 怒る私から、ドン引きした様子で小桜が身を引いた。
「お祓いじゃなかったの?」
「あっ……そうでした」
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「こうなったら選択肢は一つだ。閏間冴月を、殺すしかない。」
 裏世界に取り込まれて怪異存在と化した閏間冴月。彼女をぶっころ、いや祓う、祓ってやる。そのために冴月と関わり合いの深い仲間を集めて葬送の儀式を執り行うことにした紙越空魚。いよいよ閏間冴月との直接対決へと物語はなだれ込んでゆく。

 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知をこえる超常現象や危険な存在、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第7巻。文庫版(早川書房)出版は2021年12月です。




 タイトルからも分かる通りストルガツキーの名作『路傍のピクニック』をベースに、ゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』の要素を取り込み、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。

 もともとSFマガジンに連載されたコンタクトテーマSFだったのが、コミック化に伴って「異世界百合ホラー」と称され、やがて「百合ホラー」となり、「百合」となって、ついには故郷たるSFマガジンが「百合特集」を組むことになり、それがまた予約殺到で在庫全滅、発売前なのに版元が緊急重版に踏み切るという事態に陥り、さらにはTVアニメ化され、ジュニア版が出版され、あまりのことに調子に乗ったSFマガジンが再び百合特集を組んだら発売前にまたもや緊急重版。もうストルガツキーやタルコフスキーのことは誰も気にしない。

 ファーストシーズンの4話は前述の通りSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズンは各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8は文庫版第2巻、ファイル9から11は文庫版第3巻に収録されています。その後もファイル12から15を書き下ろしで収録した文庫版第4巻が2019年末に出版され、2020年末にも無事に第5巻が出版されました。年末には裏世界という新たな風物詩。そして2021年の春には初の長編である第6巻が出版され、では年末の新刊はどうなるのかと心配していたら、ちゃんと出ました。




[収録作品]

『ファイル21 怪異に関する中間発表』
『ファイル22 トイレット・ペーパームーン』
『ファイル23 月の葬送』




『ファイル21 怪異に関する中間発表』
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 部屋の中、テーブルを挟んで、二人の人影が座っていた。
 一人は私だった。一目でわかった──ドッペルゲンガーだ。これまで何度か目の前に現れた、陰気な顔の、私の似姿。
 もう一人は、長い黒髪に眼鏡を掛けた、黒衣の女だった。
「閏間……冴月」
 女の名前が口からこぼれ出た。
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 空魚の前についに姿を現した閏間冴月。そのカリスマ性に圧倒された空魚は、彼女を抹殺することを決意する。これまで怪異の攻撃から身を守るので精一杯だった空魚が、ついに先制攻撃に転じる。あるいは「正式なお付き合いの前に、後くされのないよう、ちゃんと元カノを始末して」という話かも知れない。




『ファイル22 トイレット・ペーパームーン』
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「そんな約束、何になるっていうんですか。私が破ったら終わりですよね」
「うん……でもね、多分私たちみたいな人間は、口約束を大事にするしかないんだよ」
「なんでですか」
「私たちも、あんたも、社会とか法律とかの外に踏み出しちゃってるから。何かあったときに、社会の仕組みに助けてもらうことができない。となると、それぞれの間で交わした約束を大事にするしか、生きる方法がないんだよ」
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 閏間冴月をぶっころ、いやちゃんと祓うために、冴月と縁の深い仲間を集める空魚。だが問題は、潤巳るな。最恐の力を持つ彼女を、どう説得するのか。空魚のボスとしての器が試される……。というか、話すだけで誰でも洗脳できる部下、ひとにらみで誰でも発狂させることができるボス、戦闘力ばりばりの用心棒、さらに資金力のある秘密組織がバックについて、という構図がうっすら見えてきてヤバい。




『ファイル23 月の葬送』
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 るなも、小桜も、鳥子も、それぞれが閏間冴月に対して送る言葉を持っていた。同じ葬儀に参列している私が、何も言わないままでは終われないのだ。
 それにしても、私がこんなことを言う羽目になるなんて……。
 納得できるようなできないような複雑な気分で、私は口を開いて、閏間冴月に向かって言い放った。
「あなたがちょっかい掛けてた子たち、全員まとめて面倒見てあげる。──だからもう、二度とその顔見せないで」
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 ついにやってきた閏間冴月との直接対決。空魚が用意した御祓いの儀式とは。そして彼女たちは閏間冴月との縁をすっぱり切ることが出来るのか。そして跡目を引き継いだ空魚の明日はどっちだ。





タグ:宮澤伊織
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