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『やがて魔女の森になる』(川口晴美) [読書(小説・詩)]

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地下なのか夜なのか明かりというあかりの失われた場所で
おそろしいことかすばらしいことが起こるのをわたしは待ちました
わたしのようなひとたちはたくさんいて
わたしたちの黒い暗い目をひらききっていました
あああ上に何かいる
いる
おそろしくてすばらしくて明滅している
いるのに闇の底をふりあおぐように見つめても
空だけがひろがって引き裂かれて
からっぽです
ひとかけらもイシのない清らかな破壊
何もない
――――
『春とシ』より


 新型コロナ、深夜アニメ、シン・ゴジラ。
 森のなか、記憶のなか、みんなで同人誌を作って、世界が変容してゆく。
 森(沼)でひとりになって魂を解放すること(女性のオタク活動)をえがいた詩集。
 単行本(思潮社)出版は2021年10月です。


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森の身体は月のようにただ気持ちよく揺れる
もう知らない誰かに勝手に使われたり奪われたりしなくていい
かわいいとか幸せそうとかおもわれなくてもいい
わたしがわたしじゃなくたっていい森の
秘められた水の辺にはわたしかもしれないひとたちがいる
揺れながら透明な涙をこぼしたり静かに歌ったり
夜のように細い指をときどきつないだりする
わたしに似ているかもしれないひと
わたしとぜんぜん違うかもしれないひとが
そこにいるのを知っているから
ひとりになれる
森を
かたちの定まらない身体の奥に潜ませて
――――
『世界が魔女の森になるまで』より


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寝不足のまばたきが覚醒の汀を攪拌する
前に見たことのある回だから負けるってわかっていても再放送を
見ながらもしかしたら今度はってどこかで思って三月の新しい涙が流れる
やっぱり結末は変わらなくて
わたしは許されずにここにいるから
テレビを消し
今日は勝った彼らの
負けたあとにそれでもきっとまた立ち上がって歩く彼らの
ゴールラインの向こう側
落ちて転がったボールの届いていく先
終了のブザー音が消えてから
物語の外にあけていくはずの夜を抱いて眠りにいく
倒すべき悪い敵はどこにもいなくてただ生きて糾われて続いていく世界の
輝くような痛みのなかに生まれる
別のいちにちを待って
――――
『閃輝暗点』より


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快晴の日曜日にわたしたちは
いっしょに作業する
わたしたちのうちの一人の部屋は陽当たりがよく
ベランダには洗濯したてのシーツが翻り
窓の下で公園の樹木が輝く
あたたまったフローリングの
思い思いの場所にクッションを抱え込んで座り
紙を折って
パンチで穴をあけ
重ねてホチキスで綴じる
まっすぐに
歪まないように
祈るみたいに
おしゃべりしながらリズミカルに手を動かしていく
食べながらやろうよって
お茶を淹れそれぞれの手土産をひらく
――――
『ガールズワーク』より





タグ:川口晴美
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