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『「役に立たない」研究の未来』(初田哲男、大隅良典、隠岐さや香、柴藤亮介:編) [読書(サイエンス)]

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 競争的資金には大きく分けると、研究者の自由な発想にもとづくボトムアップ型の研究費と、出口志向の強いトップダウン型の研究費があり、近年では、後者への投資が増えてきています。トップダウン型の研究費は、経済的価値につながる「役に立つ」研究分野に重点的に配分されることが多く、この「選択と集中」の施策については多くの研究者が疑問を持っています。

 もちろん、経済的価値の見込める研究への投資は重要ですが、「役に立つ」研究を支えているのは、研究者の自由な発想から生まれた無数の「役に立たない」(とされる)研究、すなわち運営費交付金により支えられている「基礎研究」であることも同時に考えていかなくてはなりません。なにより、読み進めていただければおわかりになるとおり、そもそも何をもって「役に立つ」研究とするのかは非常にあいまいで、難しい問題なのです。
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単行本p.5


 日本における基礎研究は危機的状況にある。「選択と集中」が叫ばれ、とにかく役に立つ研究、お金が儲かる研究をやれ、そうでない研究には金を出さない、という風潮がかつてなく強まっているのだ。研究現場に身を置く科学者たち、そして科学史の研究者が、基礎研究が置かれている状況と課題、解決策について語り合った対談を単行本化した一冊。単行本(柏書房)出版は2021年4月、Kindle版配信は2021年4月です。


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 われわれ研究者は、運営費交付金のことをよく「生活費」というんですけれども、それは研究者が、自分の好奇心のおもむくままに研究をおこなうのに最低限必要な資金なのです。そのような研究をおこなえる日々があって、そのうえで初めて、「選択と集中」をするという可能性がようやく出てくる。ここ十数年は、そのバランスが崩れていると言えますね。これは非常に大きな問題だと思います。(中略)
 日本の行政機関でよく見かけるのは、「海外ではこんなに進んでいる、なのに日本では遅れている、だから集中的にお金を投資しなきゃいけない」という謎の論理です。これって、まだ誰も知らない真理を発見しようと努力している科学者からすると理解不可能な論理です。このような意味でも、科学者、あるいは科学とは何かを理解している人が科学政策の策定に関与することが大事だと思います。
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単行本p.103、104


 多様性をその本質とし、応用研究との循環的な発展や長期的波及効果により評価されるべき基礎研究が、選択と集中、成果主義、説明責任、費用対効果、といった言葉によっていかに潰され、歪なものになっているかという現状が切実に語られます。さらには若い研究者が失敗を極端に恐れて「役に立つ」と見なされそうな研究にしか手を出さない、といった悪循環までが生じているといいます。では、研究者はどうすればよいのでしょうか。そして企業や民間団体、そしてわれわれ市民に出来ることは。

 対談本なので話は行ったり来たり繰り返したりして必ずしもまとまりがよい印象にはならないのですが、基礎研究の現場が今どういう状況にあるのかを生々しく伝えてくれる点で、研究者を目指している若い方には一読をお勧めします。もちろん科学政策の策定に関与している方にも。


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 ここで私からお話ししておきたいのは、なるべく多くの人が、学問の短期的な価値、とくに経済的・軍事的な価値だけでなく、長期的な有用性であるとか、有用性という言葉によらない精神的な価値といったものを意識できる状態をつくることの大切さです。これは、単に学者がすばらしい研究成果について社会に向かって話せばいいということではなく、周辺的な状況も関わってくると思います。つまり、真に重要なのは「教育」と「経済」なのです。
 教育の中で、長い時間をかけて研究の成果を伝えていくことに加えて、経済状況を改善していく必要がある。(中略)すぐには「役に立たない」科学のための場所を増やすには、まず、機会の不平等が過剰でない社会が前提になってくるはずですし、そういう社会を私たちはつくっていかなければならないのだと思います。
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単行本p.90





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