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『認知バイアス 心に潜むふしぎな働き』(鈴木宏昭) [読書(サイエンス)]

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 人の知覚はとても限定的だし、記憶も儚く脆い。知性の根幹をなす概念も時にわずかなサンプルから作り上げられてしまい、偏見や差別を生み出す。推論や意思決定などの思考も表面的な特徴に惑わされ、本質を見損なうことがある。人間に固有の言語というものも、現実を酷く歪んだ姿で捉えることを増幅し、記憶や思考を阻害する。他者は人をおかしな方向に導き、不合理、非道徳的な集団意思決定を生み出す。こうしたことから、人はバイアスまみれの当てにならない存在であるということが導かれる。このようなことを紹介する本は、日本語のものに限っても相当な数となっている。そうしたことから、人の非合理性、非論理性はある意味、常識化しているとも言える。
 しかし、人はそうした側面だけを持つわけではない。(中略)人を愚か者だと断定してしまうのは、それ自体もバイアス、つまり「認知バイアス」バイアスといえる。
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単行本p.218


 人間の知覚、記憶、概念、推論、意思決定には大きな偏り、認知バイアスが含まれる。代表的な認知バイアスを紹介するとともに、そのような偏りや不合理の存在は人間にとってどのような意味があるのかを論じる一冊。単行本(講談社)出版は2020年10月、Kindle版配信は2020年10月です。


〔目次〕

第1章 注意と記憶のバイアス
第2章 リスク認知に潜むバイアス
第3章 概念に潜むバイアス
第4章 思考に潜むバイアス
第5章 自己決定というバイアス
第6章 言語がもたらすバイアス
第7章 創造(について)のバイアス
第8章 共同に関わるバイアス
第9章「認知バイアス」というバイアス




第1章 注意と記憶のバイアス
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 この事件では被害者の証言により、ある心理学者が逮捕された。しかし彼はすぐに釈放されることになった(忖度のせいではない)。というのも、その時間に彼はテレビの生放送に出ていたからである。ではどうして被害者は虚偽の証言をしたのだろうか。実は彼女はその事件の直前まで、その心理学者が出演していた番組を見ていたからなのである。
 そんなバカなことがあるのかと思われるかもしれない。しかし私たちは何を見たかは覚えているが、それをどこで見たかは意外に覚えていないものだ。
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単行本p.30

 有名なゴリラ動画など私たちの視覚や注目がいかにあてにならないかを示す実験の数々を紹介し、チェンジブラインドネスや虚偽記憶のメカニズムにせまります。


第2章 リスク認知に潜むバイアス
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 メディアは珍しいこと、つまりめったに起きないことほど集中的に報道する。するとリハーサル効果により記憶に定着し、利用可能性ヒューリスティックが働くことで、現実とはまったく逆のリスク頻度の推定を行ってしまうのだ。つまり、私たちは同じタイプのことが100回起きることと、そのタイプの一つの事例について100回聞くことを区別していないのだ。
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単行本p.53

 私たちがありそうな危険を無視し、可能性が低いリスクに過大に脅えるのはなぜだろうか。利用可能性ヒューリスティックという心の働きが引き起こす認知バイアスを解説します。


第3章 概念に潜むバイアス
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 代表例を用いてカテゴリー判断を行うと、連言錯誤のような論理的にはあり得ないような間違いを犯すことがある。また、これが社会的ステレオタイプという形を借りて、人種などの人の集団に適用されることで、差別や偏見が生み出されることも或る。また代表例の特徴はそれが代表する集団全員に当てはまると考える心理学的本質主義が加わると、差別、偏見はさらに増長される。
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単行本p.78

 差別や偏見はどのようにして生まれ、強化されてゆくのか。連言錯誤の実験から始まって、代表性ヒューリスティックについて解説します。


第4章 思考に潜むバイアス
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 演繹推論(4枚カード問題)、帰納推論(2-4-6課題)において確証バイアスが働き、それが非論理的な答えを導き出してしまうことを述べた。こうした推論のバイアスは、実験室の中だけで見られるものではない。人間関係においては第一印象に過度に頼り、正確な人間評価を妨げることもある。さらに、原因を求める際にも、偏った非合理な方向へと私たちを導いてしまう危険性がある。
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単行本p.96

 何かを推論し、それを確かめようとするときに働く確証バイアス。その働きのために下してしまう非合理な判断、そしてその強化プロセスについて解説します。


第5章 自己決定というバイアス
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 人の行動は自由意志によって、その人が自覚できる意図に基づいて行われるわけではなく、意識できない情報、無意識の働きによって引き起こされる。これは大きな問題となる。なぜなら原因が意識できないからだ。意識できないものは理由や原因の候補とはならない。ではどうするのだろうか。
 今までも見てきたように人は意図に基づく作話、つまり意図を使ったでっち上げをするのだ。
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単行本p.131

 私たちの行動は無意識のレベルで決定されており、さらにその行動は自分が意図的に決めたものだという作話(つくり話)をでっち上げることに長けている。行動原因を探ることの難しさを解説します。


第6章 言語がもたらすバイアス
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 そうした能力は言語の発達とともに表に出ることが少なくなるということだ。言語能力が十分でない(あるいはほとんどない)、ナディア、クロマニヨン人、チンパンジーは写真的記憶能力をフルに活用して絵を描いたり、難しい記憶課題を楽々とこなしていく。一方、言語能力に長けた大学生たちは「物体X」としか言いようがない、笑うしかない絵を描き、チンパンジーが楽々こなす記憶課題で四苦八苦する。
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単行本p.152

 言語の発達によりある種の能力の発動が妨げられていることを示す実験を取り上げ、世界を言語によって理解することの功罪を論じます。


第7章 創造(について)のバイアス
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 ひらめきが突然現れたかのように思うのは、意識的なシステムが無意識的システムによる漸進的な向上をうまくモニターできないからとも言える。
 こうした結果の解釈は、ひらめきは学習、それも無意識的な学習だ、という反直感的な考え方を提示する。ひらめきは突発的なものであり、試行を積み重ねて徐々に上達するような学習とは無縁であると考えるかも知れないが、そうではない。無意識的システムが試行を重ねる、つまり学習を行うにつれ徐々に洗練されていき、結果としてひらめきを生み出しているということになる。
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単行本p.181

 思考の飛躍が必要な課題に取り組むとき、試行錯誤するなかで私たちの無意識は何をしているのか。イノベーションを生み出す心の仕組みに関する誤った思い込みについて解説します。


第8章 共同に関わるバイアス
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 集団には集団の力学というものがあり、1人の行動を支配する原理とは別の原理が働くのだ。だからある時には集団は個人では期待できないような成績を残すこともあるし、見事な秩序を生み出すこともある。一方、ブロッキング、評価不安、タダ乗りの結果、合計が2にはならず、1.3になるかもしれないし、0.7のように1人の時よりも悪くなることもある。また3や4になる時もあるだろうが、それが素敵なことかどうかは仕事の種類にもよる。
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単行本p.213

 人は集団になると驚くほど愚かな、あるいは非人道的な行動をとることがある。その背後にはどのようなメカニズムが働いているのだろうか。人と人との共同作業の背後で働いている認知バイアスを解説します。


第9章「認知バイアス」というバイアス
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 人の知性は、人の住む環境の中で、そして人の生物学的な条件の下で作り出されたものである。限られた注意資源、勝手に繋がりを作り、作話をしてしまう記憶、自分のコントロールの及ばない無意識的な処理、諸刃の剣である言語の利用、そういう生物学的な条件、そして社会との協調およびそれがもたらす軋轢という環境の条件の中で私たちの知性の基本は作り出された。また、今後現れるであろうすべての状況に事前に準備するわけにはいかないので、ここ数万年くらいはあり合わせのものでプリコラージュしながら修繕屋として生活してきたのである。だから、それを度外視した状況を勝手に設定して、そこで人間の知性を論じたりしても意味がない。
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単行本p.252

 これまで見てきた数々の認知バイアスの存在から、人間の知性は欠陥だらけの粗雑なものだとつい考えたくなる。実はそれも人間の知性を評価するときの認知バイアスの一種だということを論じます。





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