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『ある実験  一人選べと先生が言った』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 石井は、実験について中平先生から聞き出そうとした。しかしはずみで先生を殺してしまったため、それができなくなった。それでもなお石井は、実験について知りたいと願った。中平先生の息子を誘拐し、人質にとってまで、なぜなんでしょう。この実験の何が、それほどまでに石井をひきつけるんでしょう?
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文庫版p.71


 大学教授が殺害され、犯人は被害者の子供を人質にとって警察に要求をつきつけてくる。しかしそれは不可解な要求だった。二十年前に大学で行われた心理実験の詳細を公開しろというのだ。犯人が知りたがっている秘密とは何なのか。『ラガド 煉獄の教室』でデビューした作者によるサスペンスミステリ。文庫版(徳間書店)出版は2020年8月、Kindle版配信は2020年8月です。


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「さっきも説明したように、犯人は現在、中平先生の息子の郁雄君を人質にとって、どこかにひそんでいるものと思われます。
 いま午後八時をすぎたところです。今夜の二十四時までに、つまりあと四時間以内に実験の内容をWeb新聞に投稿しなければ、郁雄君の命は保証しない。これが犯人の要求です」
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文庫版p.7


 事情聴取が行われている警察の取調室。犯人が指定したタイムリミットまで四時間という緊迫した状況で、二十年前に実験に参加した男が当時のことを語ってゆく。取調室と大学の教室という二つの密室で並行して展開する心理ドラマが見事な作品です。

 謎なのは、問題の実験なるものが、少しも重要なものに見えない、むしろ他愛もない遊びのようなものにしか思えないということ。数名の大学生に対して、提示した候補の中からひとつ選ばせる、というだけなのです。


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「封筒の中に十六の素材が入っている」中平は言った。
「そのうち一番いいものを、君たちの合議で選んでほしい。制限時間は四時間。これが今回の実験だ」
 みんなが口々にたずねた。「どういうことですか?」
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文庫版p.63


 ひきこもり、暴力団員、自称超能力者、アスリート、……。それぞれ特徴的なキャラクターを持った十六の候補。そこから一つ選べというのです。意図はよく分からないながら、どう考えても重要な実験とは思えない。

 人が人を選ぶ、特に生き残るべき誰かを選ぶこと。この行為がはらむ倫理的問題がクローズアップされてゆき、サスペンスが高まりますが、それでも「こんな実験が殺人や誘拐に値するほどのことか?」という腑に落ちなさは解消されません。

 ところが、とつぜん警察の上層部から圧力がかかってくるのです。


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「警視庁は何もせず、静観しろと言ってきた」
「静観って――もう時間がないんですよ。なぜそんな指導をしてきたんです?」
「あの実験の内容が特定秘密情報に該当する可能性があるから――ということらしい」
「特定秘密情報?」川津は目をしばたたいた。
「あれのどこが特定秘密なんです。二十年前、心理学の講師が学生を集めて、十六人の中から一人を選ぶシミュレーションをさせた。それだけのことじゃないですか。一体どこが――」
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文庫版p.200


 そう、それが知りたい。なぜ二十年も前の他愛もない実験に犯人も警察も大騒ぎしているのか。この実験にどんな秘密が隠されているというのか。

 そのとき読者は思い出す。内容的にも小説の形としても、これは作者デビュー作『ラガド』に似ている。デビュー作では、警察上層部のさらに上層にある極秘特務機関ラガドが動いていた。もしや、これもラガド機関の仕業か……。いやいやそう思わせておいて引っかけるつもりかも……。いやまて……。

 二十年前の教室、今の取調室、それぞれ外部との接触を制限された密室のなかで、タイムリミットまでに答えを出さなければならないという状況に追いつめられてゆく主人公。常識的な答えに到達するのか、それともトンデモ超常解に強引に持って行くのか、この作者の場合どちらもあり得るので最後まで気が抜けません。分量も手頃で、楽しめました。





タグ:両角長彦
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