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『Bridge』(北爪満喜) [読書(小説・詩)]

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赤い鉄塔は少し懐かしい
ふるふると目の奥で滲みだす 祖母や母との古い暮らし
家の中のまどろみ 団欒 温かい良く動いた手
祖母は母は 支える 支え続けてきた
アーチのようなものを日々を
能力はひっそり家の中に閉ざされ幽かにされてゆき
他の何かになれなかった
(中略)
並ぶ白いネジの頭には茶色い錆がギザギザ走って
霞んで震えてわからなくなる亀裂の走る今この時を
斜めに止められた鉄骨のように 祖母たちや母たちが現れて
生キ延ビテ、と叫びを上げて
娘の橋 橋を支える
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「Bridge」より


 印象的な光景に導かれるように深みに潜ってゆく詩集。単行本(思潮社)出版は2020年10月です。


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青いポールを見つめ続けていると
目を離したとき赤になるので見つめない
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「水の夢」より


 多くの作品に、はっとするような光景が現れ、カラー写真のように鮮やかに、視覚的に表現されます。そこから連想や暗喩により世界が広がってゆくのです。


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口を結んで歩いている ドラッグストア自販機コンビニ喫茶店
交差点で立ち止まり下を向くと
歩道に一枚だけ大きなタイルが貼ってあり
バッタが描かれていた
草の茎の上 足を折りたたんで 今にも飛びそうに目を光らせるバッタ
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「口を結んで」より


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青緑色の水中に 横ざまに倒れて
沈んでいる
知らない自転車の
いつ沈められたのかわからない車輪は
藻だらけで
ゆらゆらする波にゆすられ 歪んで
いびつに見える

捨てられた日からずっと
港をゆく人々に見られて
消えられないあれを
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「消えられないあれを」より


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上がった雨
陽の座る木製のベンチの後ろへまわると
影のなか木のすきまから
ベンチは無数の雫を砂へ落としていた
何列もの雨粒の跡が線になってついている

後ろからみたら
私のすきまは どんなふうに雫を落とし続けているだろう
消えずに私とともにあってくれるのはどのくらいの間だろう
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「まだ落ちてこない雨が」より


 実際の光景だけでなく、絵に描かれたものや心の奥にある言葉でさえ巧みに視覚化されており、強い印象を残します。見える詩集です。


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私も漫画をまねてみたい
まねる絵を一つ決めて何度も描いてみた
みたけれどつまらなくて
気持ちがぐにゃりとしたゼリーになった
でもあなたは好きだから崩れない
まねたのは小犬だったけれどもう名前すら覚えていない

年賀状の絵の鳥に見たはじめてのあなた
翼じゅうを光の十字で散りばめた
はじめてのあなたの内側にあるきらめき
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「光の十字」より


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感覚しないまま書いた言葉が
書き続けてきた小さな言葉が
揺れ動く木々のその奥へ
私の私たちの棲まうほうへ
響いてきて悲鳴をあげた
閉ざしてきた深みから
ようやくあげられた悲鳴
混じり合って
暗闇が裂け
青がとくとく溢れ流れた
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「輪郭線」より


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体の奥の野原に
古い木の扉が立っていて
ぎぃー と開く
すると白く乾いた土の道に 父と母が並んで立っていて
その背後に無数の父と母が果てしなく並んでいる
白く乾いた土の道で
みな眼を伏せている
光は もう失っている身体には
いらないのだろう
透き通った風が父母たちのなかを吹いてゆく

どこまでも並ぶ無数の父母たちの列の
その隣り
もう一組 私を育てた父母がいて
空のまなざしのような光を受けている
後ろにはあの土の道はなく
言葉で道ができている
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「光の切れ端をあつめる」より





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『END 終わりから始まる』(勅使川原三郎、佐東利穂子) [ダンス]

 2020年10月9日は、夫婦でKARAS APPARATUSに行って勅使川原三郎さんの公演を鑑賞しました。勅使川原さんと佐東さんが踊る上演時間一時間ほどの作品です。

 しばらく小説をベースにした作品が続いていましたが、今回はオリジナル。舞台道具も使わず、照明と身体だけで表現します。闘牛の見立てなど激しくも楽しいシーンが多く、いやがおうにも盛り上がります。

 個人的に印象に残っているのが、手を駆使した演出。手の動きが残した残像が光輪のように本人のまわりを取り巻いたり、光の中で観客に向かって手のひらを見せたり、照明の具合で掌が赤ん坊に見えたり。

 途中で、光で出来た三途の川を渡るような演出があり、そこから先はあの世というか天国というか、そういう幸福な終末感に包まれて、そこでタイトルに納得するという。最近亡くなった人々への追悼かも知れません。





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『千夜曳獏』(千種創一) [読書(小説・詩)]

 『砂丘律』の著者による最新歌集。単行本(青磁社)出版は2020年5月です。ちなみに『砂丘律』の紹介はこちら。


2019年04月03日の日記
『砂丘律』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-04-03


 さて、本書では寂しさを感じさせる作品が印象に残ります。こんな感じ。


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寂寥の具現のように色あせてわさび根茎のホルマリン漬け
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アリゲーターずるずる這ってくるような夕暮れのキッチンでする思考
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絶縁体という単語の、存在の、絶対的なさみしさおもう
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どの蟬も帰るべき巣のないことが流砂のように心を走る
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千夜も一夜も越えていくから、砂漠から獏を曳き連れあなたの川へ
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僕らより長生きをする亀を飼おう。僕らのいない庭を歩くよ
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 他には、短歌らしくないというか、例えばツイッターに書き込まれていたとしたら誰も歌だと気づかないような、さりげない作品が面白いと思いました。


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蚊を殺して蚊取線香を買いに行く コナンの新刊が出ている
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月の裏側の話にたどり着くまでにパンケーキ二枚を食べた
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鍵束は川面のようにひかりつつ箪笥の向こうへ飲まれていった
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たばこへ火さし出すことの、ゆっくりとあなたを殺してあげてるんすよ
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曇りなき眼で曇りなき面を打ってきたから胴たたき斬る
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殺さない程度にしごく、ということをおもって僕は僕を恐れる
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筆を折った人たちだけでベランダの季節外れの花火がしたい
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そしてその夜のことを記すため誰かがまた筆を執るといい
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『古生物のサイズが実感できる! リアルサイズ古生物図鑑 新生代編』(土屋健:著、群馬県立自然史博物館:監修) [読書(サイエンス)]

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 「恐竜がやっぱり気になる!」という方は中生代編を、「アノマロカリスや甲冑魚が好き!」という方は古生代編を、そして、「サーベルタイガーやマンモス!」という方はこの本をお選びください。
 もちろん、「生命史を通じて、サイズ感の変遷を楽しみたい」という方は「古生代編」「中生代編」もあわせてお楽しみいただくことをおすすめします。古生物たちのサイズ感のダイナミックな変化をご堪能いただけると思います。
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 古生物を身近な光景にさり気なく配置することで、有無を言わさずスケール感を明らかにする新感覚古生物図鑑シリーズ、巨大哺乳類大活躍の最終巻。単行本(技術評論社)出版は2020年10月です。


 これまでのシリーズ既刊の紹介はこちら。


2019年08月01日の日記
『古生物のサイズが実感できる! リアルサイズ古生物図鑑 中生代編』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-08-01


2018年08月01日の日記
『古生物のサイズが実感できる! リアルサイズ古生物図鑑 古生代編』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-08-01


 乙女を乗せて疾走するユニコーン、浜辺にたたずむ肩高3mの巨大カンガルー、住宅の二階の窓から部屋をのぞく全長6mの巨大ナマケモノ、雪合戦を楽しむマンモス、和室でくつろぐサーベルタイガー。

 やはり哺乳類は馴染み深い上に可愛い。しかも犬猫や馬や象など本当に身近にいる動物と比較する驚きもあり、シリーズ中で個人的に最も好きな巻です。

 このシリーズはとにかく眺めているだけで楽しいので、とりあえずどれか一冊を手にして、気に入ったら他の巻も読むことをお勧めします。





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『首里の馬』(高山羽根子) [読書(小説・詩)]

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 未名子が貯めて保存したデータはすべて、宇宙空間と南極の深海、戦争のど真ん中にある危険地帯のシェルター、そうして自分のリュックに入ったぎっしりのマイクロSDカードに入っていて、そのカーボンコピーはいつだれが読んでもいい、鍵のないオープンなものにしてある。ただ、その場所はすべて、地球のとても深いレイヤーに混ぜ込まれていた。誰もが希望すれば容易にアクセスは可能な、でも、まちがえてやって来るような人はまず訪れない場所。
 この島の、できる限りの全部の情報が、いつか全世界の真実と接続するように。自分の手元にあるものは全世界の知のほんの一部かもしれないけれど、消すことなく残すというのが自分の使命だと、未名子はたぶん、信念のように考えている。
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単行本p.150


 沖縄。個人が収集した様々な情報を集めた小さな資料館。そこで資料の整理をする未名子は、世界中の孤立した場所にいる孤独な人間にオンラインでクイズを出すという奇妙な仕事に従事していた。あるとき自宅に迷い込んできた宮古馬(ナークー)を駐在に引き渡した彼女は、その馬を改めて盗み出すことを決意する。誰にも省みられない瑣末で多様なものを守るささやかな抵抗をえがく長編。単行本(新潮社)出版は2020年7月、Kindle版配信は2020年7月です。


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 ただ、首里周辺の建物の多くは戦後になってから昔風に新しく造られたものばかりだ。こんなだった、あんなだった、という焼け残った細切れな記録に、生き残った人々のおぼろげな記憶を混ぜこんで再現された小ぎれいな城と建物群は、いま、それでもこの土地の象徴としてきっぱり存在している。
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単行本p.4


 個人の記憶、断片的な情報。それらから再構成されたような風景のなか、記憶と情報をめぐる物語が始まります。最初に登場するのは小さな歴史資料館。


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 この資料館に通うようになってからも、未名子は自分のいる土地の歴史や文化にあまり強く興味を持つことはなかった。ただ資料館に積まれたものを見て、そこにあるいろんな事情を読み解くことは楽しかった。そのとき、人間というものに興味が持てないのだと思いこんでいた未名子は、でも、順さんの集めた資料を見ることで、自分のまわりにいる人たちや人の作った全部のものが、ずっと先に生きる新しい人たちの足もとのほんのひと欠片になることもあるのだと思えたら、自分は案外人間というものが好きなのかもしれないと考えることができた。
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単行本p.15


 次に登場するのは、主人公の仕事場。ここで彼女は世界中の孤立した場所(宇宙空間、南極の深海、戦場のど真ん中)にいる孤独な相手にオンラインでクイズを出す、という奇妙な仕事をしているのです。


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 未名子のここでの仕事は、定められた時間、遠方にいる登録された解答者にクイズを読み、答えさせることだった。問題を読む未名子と、答える相手は常に一対一で、相手はいつも同じではない。というより、そもそも通信での音声の質がその都度ばらばらなので、名前がなければ同じ人物であるのかどうかもわからない。
(中略)
 彼らの話に漂う孤独なるものは、同情や脅威を生むものというより、未名子の送る毎日の生活に絶えず漂っているのとほとんど同じものに思え、未名子はこの会話によって、すぐ近所に暮らしている人と悩みを分かち合っているような気持ちになっていた。
(中略)
 自分の知らない知識をたくさん持っている人たちとの、深すぎない疎通も心地よかった。きっとここを利用する何人もの解答者も、こういうささやかな感情のやりとりを求めて通信をしているんだろう。そうして未名子自身も、彼らと同じくらいに孤独だという実感があった。ようするに、未名子はこの仕事が好きだった。
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単行本p.31、36、60


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 クイズというものは、未名子が思っていたよりもずっと気持ちの動きがある遊びだった。知識の周辺にまとわりついた彼らの生きてきた過程で興味のあることや、今まで自分が生きてきた経験に追加していけそうな発見を確認していく作業は、ただ問題を読み上げるだけの自分のほうにも感情の動く余地がたくさんある。仕事をくり返すごとに、未名子はこのことを実感していた。
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単行本p.39


 そしてあるとき、庭に迷い込んできた宮古馬を保護して駐在に引き渡した未名子。やがて仕事を辞め、資料館もなくなったとき、彼女はささやかな抵抗を始めるのです。まずは馬を盗み出す。次に自分が集めて整理した雑多な情報を「地球のとても深いレイヤー」に混ぜ込んでしまう。決して消せないように。


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 未名子や順さんのような人間が、世の中のどこかになにかの知識をためたり、それらを整理しているということを、多くの人はどういうわけかひどく気味悪く思うらしいということに気がついたのは、あるときいきなりじゃなく、徐々にだった。
 未名子は社会のほかの人たちに対して、とりたててなんの文句もいうことなく、ただ黙って資料の整理をし続けていただけだ。いや、もし未名子がなにか世の中のことについて文句をいっていたり、多少の迷惑をかけていたとしたって、それとは別に集めてきた知識がなんの非難にあたるというんだろう。人がなにかを集めること、自分の知らないところでためこまれた知識を警戒することは、ひょっとしたら本能なのかもしれない。無理やり聞きだすわけでもなく、ただ聞いて調べ記録していくことも、ある人たちにとってはとても卑怯で恐ろしいことに思えてしまうんだろうか。
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単行本p.92


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 馬勝負という華やかな文化がなくなる。そういうささやかな悲劇が起こるための原因はいくつも重なっていて、同じように飢餓ひとつにしても、そこにはするためのたくさんのファクターがある。それらの要因はでも、当時は細かく範囲もひろかったので、紐づけて考えられてはいなかっただろう。事実として記録し続けていれば、やがてどこかで補助線が引かれ、関係ない要素同士であっても思いがけぬふうにつながっていくのかもしれない。
 だから、守られなくちゃいけない。命と引き換えにして引き継ぐ、のではなく、長生きして守る。記録された情報はいつか命を守るかもしれないから。
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単行本p.122


 資料、クイズ、馬という三題噺のような三つのプロットが別々に進み、次第に世の中の風潮(例えば沖縄の歴史が意図的に抹消されるような)に対する抵抗の象徴となってゆきます。歴史と記憶を保存するために主人公が選んだ方法が印象的で、個人的にこれはサイバーパンクではないだろうか、と思いました。





タグ:高山羽根子
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