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『内なる町から来た話』(ショーン・タン、岸本佐知子:翻訳) [読書(小説・詩)]

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 緻密な油絵のタッチで描かれるのは、都会の風景の中に置かれた動物たちの、シュールな光景だ。ビルの高層階に住むワニ、都会の夜空に浮かぶシャチ、弁護士とともに裁判所の階段を上がるクマ、空港のロビーで獲物をついばむワシ……。見つめているうちに、いろいろな思いがわいてくる。彼らはなぜここにいるんだろう? 何を考えているんだろうか? もしや人間界への侵略? だが、やがて気づかされる。唐突に自然界に現れたのは人間のほうじゃないのか。後からやって来てこの星の景色を塗りかえ、王のように君臨している人間たちは、彼らの目にどう映っているんだろう。そう、彼ら物言わぬ動物たちは、まさに人間の姿を映す鏡なのだ。
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「訳者あとがき」より


 高層ビルの87階に住んでいるワニたち。アパートの部屋で沈みつつあるブタ。重役室に並ぶカエル。空港のロビーで獲物をしとめるワシ。そしてカバーイラストにもなっている都市の夜空を泳ぐムーンフィッシュ。日常に闖入した動物たちの物語を、美しい絵と鋭い文章で語る絵本。単行本(河出書房新社)出版は2020年8月です。


 同じ著者による『遠い町から来た話』の姉妹編というべき絵本です。


2011年10月17日の日記
『遠い町から来た話』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2011-10-17


 すべての物語は特定の動物が主役となっており、それが私たちの日常にごく当たり前のように存在する様子を語ります。


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 なぜわたしたちはあんなに争ったのだろう。なぜあんなに残忍で、冷淡で、利己的で、孤立していて、この高い崖の上で、あんなにも孤独だったのだろう。(中略)サメ、クマ、ワニ、フクロウ、ブタ、肺魚、ムーンフィッシュ、オウム、ハト、蝶、ハチ、トラ、犬、カエル、カタツムリ、猫、ヒツジ、馬、ヤク、シャチ、ワシ、カバ、サイ、キツネ……彼らに美しい名前を与えたことが、せめてものなぐさめだ。
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 個人的に気に入った話は、沈みゆくブタの話、夜空からムーンフィッシュを釣った話、大人には見えないフクロウが現れる病院の話、天才少年がカバの夢をみる話、クマが人類を訴える話、そして肺魚が私たちには見えない超文明を築き上げる話など。


 もちろん絵が素晴らしいのですが、冒頭の一文を読むだけで続きが気になって仕方なくなる作品も多く、小説のテクニックにも感心させられます。


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ワニが八十七階に住んでいる。しかも、すこぶる快適に。
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蝶はランチタイムにやって来た。
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アパートの、ぼくらの家のいちばん奥の部屋にブタが一匹いて、沈みかけている。
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ある昼下がり、重役たちが全員カエルに変わった。
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クマが弁護士をつけた。
じつにシンプル、かつ恐ろしい。
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