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『リリカル・アンドロイド』(荻原裕幸) [読書(小説・詩)]

 季節感のなか見え隠れする怪しさをとらえた歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2020年4月です。


 まずは微妙な怖さを感じさせる作品が印象に残ります。


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優先順位がたがひに二番であるやうな間柄にて海を見にゆく
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ローソンとローソン専用駐車場とに挟まれた場所にひとりで
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自販機のあかりに誰か来て何かたしかめてすぐまた暗がりに
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どうせ時報女ですといふ声がして何もかも夜の深みに落ちて
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ゐねむりのあひだに何か起きてゐた気配のしんと沁みるリビング
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リビングの天井の西の片隅にはじめて見るかたちのしみが浮く
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天袋から箱降ろすとき箱が鳴く怪しげに鳴くあけずに戻す
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 配偶者テーマの作品があちこちに散らばっていますが、集めてみるとこんな感じ。


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秋のはじめの妻はわたしの目をのぞく闇を見るのと同じ目をして
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本を閉ぢるときの淋しき音がしてそれ以後音のしない妻の部屋
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この夏は二度も触れたがそのありかもかたちも知らぬ妻の逆鱗
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妻といふ山はますます雪ふかくこれは遭難なのかも知れず
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 季節をテーマにした作品には、何とそういう風に表現するのかという驚きがあります。ざっと抜粋引用してみます。


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灯油高騰するからくりのこんこんと雪ふるなかに埋もれて見えず
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蕪と無が似てゐることのかなしみももろとも煮えてゆく冬の音
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妖精などの類ではないかひとりだけ息が見えない寒のバス停
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諭したくなる淡雪よひるひなかそんなところに積らなくても
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搭乗のときぼんやりとおもふ死のやうなしづけさにて寒の街
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わたしには見えない春が見えてゐる人かふしぎなしぐさで歩く
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名古屋駅の地下街はすべて迷路にて行方不明者ばかり三月
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あの門柱に猫がゐなくて春野菜の籠が置かれてゐるそんな午後
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嫌なだけだと認めずそれを間違ひと言ふ人がゐて春の区役所
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春が軋んでどうしようもないゆふぐれを逃れて平和園の炒飯
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さくらからさくらをひいた華やかな空白があるさくらのあとに
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壁のなかにときどき誰かの気配あれど逢ふこともなく六月終る
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雨戸を数枚ひつぱりだせばそこにある戸袋の闇やそのほかの闇
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西瓜の縞は黒ではなくて濃い緑ですと言はれてはじめて気づく
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夏のひざしのほかには特に飾るべきものなく3LDKしづか
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秋がもう機能してゐるひだまりに影を踏まれて痛みがはしる
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十月になつたらと言ひそれつきり表情をほほゑみが覆つた
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デジカメであなたを撮つてほとんどのあなたを消してゐる秋日和
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どこかよく見えないなにか怪しげな隙間からはみ出てゐる芒
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欠けてゐる物がわからぬ秋晴れの高台にゐて見えぬ何かが
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秋がまだ何かをせよと云つてゐるからだの奥で木琴が鳴る
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大掃除のさなか当家に一枚もシューベルトのない事態に気づく
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内閣の支持率くだるよりもややゆるやかな暮の坂をふたりは
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誰も画面を見てゐないのにNHKが映りつづけてゐる大晦日
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元日すでに薄埃あるテーブルのひかりしづかにこれからを問ふ
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