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『SFマガジン2020年6月号 英語圏SF受賞作特集』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2020年6月号の特集は「英語圏SF受賞作特集」でした。また『三体』の著者、劉慈欣のデビュー作も翻訳掲載されました。


『鯨歌』(劉慈欣、泊功:翻訳)
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「お手伝いいただけるとお聞きしましたが、先生」ワーナーはサンタクロースの笑顔を浮かべて言いました。
「はい、海岸まであなたのお荷物を運んでさしあげますよ」ホプキンスは無表情のまま言いました。
「何をお使いになるので?」ワーナーが気だるそうに尋ねました。
「鯨です」ホプキンスはごく短く答えました。
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SFマガジン2020年6月号p.11


 技術の進歩により格段に難しくなった麻薬の密輸。悩める麻薬王に、一人の技術者が驚くべき提案をする。鯨の脳を遠隔コントロールして麻薬運搬船として活用するというのだ。技術と倫理の葛藤、人間に対する根深い不信、皮肉な結末など、いかにもこの著者らしいデビュー短編。


『ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴』(P・ジェリ・クラーク、佐田千織:翻訳)
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 エマは特別な魔法はなにも知らなかった。彼女は薬師でも魔術師でもなく、ワシントン家の女たちのように家事に使う単純な魔法の訓練も受けていなかった。だが彼女の夢は独自の魔法を働かせた。エマがよりどころとし、その心のなかで――彼女の主人でさえそれに触れることも奪うこともできない場所で――育ち花開いた、強い効力のある魔法を。
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SFマガジン2020年6月号p.32


 合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンは、入れ歯を作るために黒人の歯を九本購入した。この史実を元に、それぞれの歯を提供した人々がどのような人物だったのかを想像で描いた作品。魔術師もいれば、呪術の力を持ったもの、異世界から来たものまでいる九人のなかで、現実を変えてしまうような強い力を持っていたのは誰か。大切なのは、私たちは誰もがその力を持っているということだ。


『ガラスと鉄の季節』(アマル・エル=モータル、原島文世:翻訳)
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「子どものころ」喉のつまりをのみこもうとするかのように、タビサはかすれた声を出した。「心と心を金の紐でつなぐ結婚を夢見てたの――ふたつの心を結びつける、夏の日みたいにあったかいリボン。鉄の靴の鎖なんて夢見てなかった」
「タビサ――」アミラはタビサに手をのばしたものの、その手を握りしめる以外にどうしたらいいかわからなかった。話してほしい、理解してほしいと切望しながら、雁をながめるように見つめるしかなかった。「――あなたはなにも悪いことをしておりませんわ」
 タビサはアミラのまなざしを受け止めた。「あんただって」
 ふたりは長いあいだそのまま動かなかった。やがて七羽の雁の羽ばたきに驚き、星々を見あげるまで。
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SFマガジン2020年6月号p.44


 その美しさに男たちが惑わされるとして、ガラスの山に追放された女。夫に対するケアが足りないとして鉄の靴をはいて歩き続ける呪いをかけられた女。出会った二人は、それぞれの呪いを自分で解くことは出来ないが、お互いに連帯すれば解放されるということに気づく。シスターフッドの力を描いた寓話。


『初めはうまくいかなくても、何度でも挑戦すればいい』(ゼン・チョー、大谷真弓:翻訳)
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「耐えられなかったのです」みじめに答えた。「もう無理です、あれだけがんばったのに……また失敗するのが怖いのです。そんな勇気はありません」
 レスリーの目は無慈悲だった。
「いいえ、あるはずよ。わたしは知ってる」
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SFマガジン2020年6月号p.64


 大蛇が天に昇って龍と化す。千年に一度だけやってくるチャンスを何度も逃し、ついに龍になることをあきらめた大蛇は、人間に化けて、自分が失敗する原因となった女に復讐しようと企てる。だが次第に二人は親密になってゆき、やがて年老いた女は大蛇の化身に「あきらめないと約束して」と言い残してこの世を去るが……。


『ようこそ、惑星間中継ステーションの診療所へ──患者が死亡したのは0時間前』(キャロリン・M・ヨークム、赤尾秀子:翻訳)
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S 診察室の薬品棚を調べまくって、軟膏や水薬をいくつも見つける。使用法を片端から読むならTへ。薬を適当に使ってみるならTへ。どっちを選ぼうと、おなじ行先になることがちょくちょくあるのに気づいただろうか? 診療所では――人生と同じく――重要に思える決断が、最終的に無意味なことがしばしばある。なんだかんだいったところで、どのみちみんな死んでいくのだ。さあ、心してTへ。
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SFマガジン2020年6月号p.70


「この診療所で受診するならCへ。べつの医療機関に行くならBへ」
懐かしゲームブック形式で書かれたショートショート。毒虫にかまれた「あなた」は宇宙ステーションの診療所に向かうが、どの選択肢を選んでも結局は「Z あなたは苦しみもだえて息絶える」に到達する。人生と同じく、選択の自由は見せかけに過ぎない。


『博物館惑星2・ルーキー 最終話 歓喜の歌』(菅浩江)
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――祈ります、〈ムネーモシュネー〉。どうか、俺と〈ダイク〉をずっと〈アフロディーテ〉のおまわりさんでいさせてください。百周年を迎えるその日にも、美しい生き方をする人たちがいる、この美しい場所を守らせてください。
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SFマガジン2020年6月号p.265


 既知宇宙のあらゆる芸術と美を募集し研究するために作られた小惑星、地球-月の重力均衡点に置かれた博物館惑星〈アフロディーテ〉。その五十周年記念フェスティバルの開幕当日。若き警備担当者は美術品犯罪組織の黒幕を摘発するために危険なおとり捜査に挑む。フェスティバル開幕を前に、これまでの物語が一つに収束してゆきクライマックスへと至る新シリーズ最終話。





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