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『聖なるものへ』(寺井淳) [読書(小説・詩)]

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見渡せば同じ夜汽車の客がみなうつむきて読む『解脱教本』
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勉強が煮詰まつてますと泣く子あり まづ〈煮詰まる〉を辞書にひけ君
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「ゴミはちゃんと分別しろと言われても死んだ誇りはたぶん燃えない。」
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犯人を教へてやらう キジ猫がのつそりと寄る植物園のベンチ
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猫を抱き七時のニューズ視てゐしが夕餐の鯵かれは嘔吐す
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 学校の生徒たちから猫の生活まで鋭く観察してゆるく描写する歌集。単行本(短歌研究社)出版は2001年6月です。


 まずは自身の世代(1957年生まれ)を見せる作品が、やや下の世代の読者から見て印象に残ります。


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われら『戦争を知らない子供たち』知らぬことさへ忘れ果つるを
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海をゆく「ひょうたん島」のひよつこりとかへり来よドンガバチョも君も
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たまゆらの逢ひこそ晴れの縁なればそののち知らずパンチDEデート 〈遇不遇恋〉
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〈黒く塗れ!〉さうまづ何を塗るべきかミック=ジャガアに煽られゆかな
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かの歌手に罪はあらぬをにこやかにファシズムは朗々と〈マイ=ウェイ〉
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見渡せば同じ夜汽車の客がみなうつむきて読む『解脱教本』
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 教師という職業がらでしょうか、生徒たちの様子を描く作品はとてもリアルです。


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自販機は校舎の陰に灯をともしコーラと並び避妊具光る
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レコードの針知らぬ子が降る雨を散文的にただ聴いてゐる
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銀河の英雄と子に呼ばれゐるカルガモが飛び去りて後のひだまり
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勉強が煮詰まつてますと泣く子あり まづ〈煮詰まる〉を辞書にひけ君
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日常へ韻ふむことのあはれさは岩波書店基礎古語辞典
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 いくつか生徒がしゃべった言葉をそのまま取り込んだような作品も散見されますが、これがけっこう可笑しい。


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「陽に灼けた水道管をゆく水に鉛のとける音がきこえる。」
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「明日芽吹く可能性ならまあ少し残っていると思ってもいい。」
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「ゴミはちゃんと分別しろと言われても死んだ誇りはたぶん燃えない。」
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 恋の歌もありますが、どこかユーモラスな印象を受けます。


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水妖を幾百秘めて揺らがざる沼のごときか君に惹かるる
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愛はいつも私のうちよりみちて部屋にあふれ割るるガラス窓
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星の数だけ贈らむとする愛を君は「たかだか有限」と言ふ
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くちづけを 雨天中止のプロ野球予備番組のやうにおざなり
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 そしてもちろん、猫の歌。猫がいればどうしても詠んでしまうようです。


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犯人を教へてやらう キジ猫がのつそりと寄る植物園のベンチ
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恋猫は今宵何処へゆくならむ〈猫ナビ〉つけて遺らましものを
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猫を抱き七時のニューズ視てゐしが夕餐の鯵かれは嘔吐す
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森羅といひ万象といひ永久といひ猫の欠伸に世界はゆらぐ
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あはれげな声も媚態のひとつにてあたかも人のことば吐く猫
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腹をみせ〈の〉の字のなりに横たはる夜のたまもののごとき黒猫
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