『Genesis 白昼夢通信』(石川宗生、中村融、川野芽生、西崎憲、松崎有理、水見稜、他) [読書(SF)]
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創元SF短編賞について、この場をお借りして大事なお知らせがあります。(中略)《傑作選》の刊行終了にともない、次回第11回から選考体制を一新し、この《Genesis》を受賞作発表の場といたします。
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単行本p.252
書き下ろしの小説7篇とエッセイ2篇を収録した、『Genesis 一万年の午後』に続く創元日本SFアンソロジー第二弾。単行本(東京創元社)出版は2019年12月、Kindle版配信は2019年12月です。
ちなみに前巻の紹介はこちら。
2018年12月26日の日記
『Genesis 一万年の午後』(宮内悠介、高山羽根子、宮澤伊織、他)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-12-26
〔目次〕
『配信世界のイデアたち』(高島雄哉)
『モンステリウム』(石川宗生)
『地獄を縫い取る』(空木春宵)
『エッセイ アンソロジーの極意』(中村融)
『白昼夢通信』(川野芽生)
『コーラルとロータス』(門田充宏)
『エッセイ アンソロジストの個人的事情』(西崎憲)
『痩せたくないひとは読まないでください。』(松崎有理)
『調律師』(水見稜)
『モンステリウム』(石川宗生)
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怪物は泉のようだ。焦げ茶や群青など抑えめの色調をまとっているけど、太陽の位置や見る角度によって薄緑色になったり深い紅に輝いたりする。目を凝らすと、小魚、緑の藻、小エビ、プランクトン、ネッシーとさまざまな模様が浮かび上がってくる。錯覚のなかでしか生きられない、霞の命の水生生物だ。けど、凝視し続けると、そこにいるのが水生生物だけではないことにはっと気がつかされる。体毛の揺らめきがヒョウになる。一本一本が絡まりあってボノボになる。影と影が融けあって夜になる。きらめいて昼に。草原に。大西洋に。エッフェル塔に。深い、深い井戸の底で、わたしが手を振っている。
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単行本p.49
あるとき町に怪物が現れる。ほとんど動かず、ただそこにいるだけの巨大な存在。人々はその周りで様々な活動を繰り広げるが……。バラード風の状況から奇妙な余韻を残す短編。
『白昼夢通信』(川野芽生)
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展示室や学芸員室のある一階から暗い色の木の階段を上ると、二階はもう静まり返っていて、その一番奥の扉にかかった不似合いにファンシーな札の、「開室中」の面を表にして中に入ると、空気はほんとうに冷え切っていて。奥にひとつだけある窓の向こうでは、ますます強くなる粉雪が白く渦巻いていたけれど、それを見なくても雪が降っているとわかる、ううん、雪の日じゃなくてもあの部屋の中はいつでもしんしんとした雪野だったんだと思うの。わかってもらえるかな、雪と埃は似ていて、埃と積み重なるページも似ていて、図書室や書庫というのは目に見えないものがしんしんと降り積もっていった気配に充ちている。あるいは、蛤の吐いた息が蜃気楼になるって言うでしょ、本にも本の呼吸があって、それが雪の蜃気楼みたいなものを作っているような気がする。わたしは本の吐く息のその冷たさが好きで、自分の体も冷えていっていつか一冊の本になれるんじゃないかって気がして。
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単行本p.120
大学の図書館で出逢った二人が、文通を始める。夢の気配を増してゆく文面。誰が誰に書いた手紙なのかも曖昧になってゆく。幻想的な書簡体小説。
『痩せたくないひとは読まないでください。』(松崎有理)
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現政府は加速する肥満率上昇傾向を打破すべく国民的イベントを企画した。国民のなかから抽選で参加者五名を選ぶ。なおBMIが高いほど参加権の当選率があがるしくみだ。
(中略)
うわあ、すごい。優勝したら大金持ちだ。しかもスリムな体になってタレントあつかいだなんて。
たった五人のうちのひとりとなった幸運に舞いあがった。アイスクリームのパッケージを持ちあげてばんざいしたあと、中身をきれいにたいらげた。以上は彼女にとっておやつである。夕食はいつもの宅配ピザで3Lサイズを注文した。ふだんは2Lでがまんしてるけど、今夜はちょっとだけ多めに食べてもいいよね。だって優勝したら痩身術を受けられるんだし。
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単行本p.193
医療費削減のために政府が打ち出した恐怖のデスゲーム。参加者はあの手この手で繰り出される美食への誘惑に耐えなければならない。誘惑に負ければ、死、あるのみ。果たして生き残るのは誰か……。「本作の執筆中にニキロ痩せた」(作者あとがきより)という、ダイエット時の心象風景を表現したと思しき抱腹絶倒の悪いこと言うパンダSF。
『調律師』(水見稜)
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人々は合唱し、神々に祈る。天と地と、その間にある重力を感じる。
「ああ、いい気持ちだ」とマイケルは薄目をあけて父の耳元でささやいた。「ここに帰ってきてようやく思い出した。心臓の鼓動と音楽が合っている。――人間には音楽が必要なんだ」
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単行本p.245
火星に運ばれてきたグランドピアノの調律を担当することになった調律師。楽器や演奏に対する重力の影響、そして人間の身体に対する音楽の影響。「天体の音楽」をテーマに奏でられる音楽SF。
創元SF短編賞について、この場をお借りして大事なお知らせがあります。(中略)《傑作選》の刊行終了にともない、次回第11回から選考体制を一新し、この《Genesis》を受賞作発表の場といたします。
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単行本p.252
書き下ろしの小説7篇とエッセイ2篇を収録した、『Genesis 一万年の午後』に続く創元日本SFアンソロジー第二弾。単行本(東京創元社)出版は2019年12月、Kindle版配信は2019年12月です。
ちなみに前巻の紹介はこちら。
2018年12月26日の日記
『Genesis 一万年の午後』(宮内悠介、高山羽根子、宮澤伊織、他)
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-12-26
〔目次〕
『配信世界のイデアたち』(高島雄哉)
『モンステリウム』(石川宗生)
『地獄を縫い取る』(空木春宵)
『エッセイ アンソロジーの極意』(中村融)
『白昼夢通信』(川野芽生)
『コーラルとロータス』(門田充宏)
『エッセイ アンソロジストの個人的事情』(西崎憲)
『痩せたくないひとは読まないでください。』(松崎有理)
『調律師』(水見稜)
『モンステリウム』(石川宗生)
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怪物は泉のようだ。焦げ茶や群青など抑えめの色調をまとっているけど、太陽の位置や見る角度によって薄緑色になったり深い紅に輝いたりする。目を凝らすと、小魚、緑の藻、小エビ、プランクトン、ネッシーとさまざまな模様が浮かび上がってくる。錯覚のなかでしか生きられない、霞の命の水生生物だ。けど、凝視し続けると、そこにいるのが水生生物だけではないことにはっと気がつかされる。体毛の揺らめきがヒョウになる。一本一本が絡まりあってボノボになる。影と影が融けあって夜になる。きらめいて昼に。草原に。大西洋に。エッフェル塔に。深い、深い井戸の底で、わたしが手を振っている。
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単行本p.49
あるとき町に怪物が現れる。ほとんど動かず、ただそこにいるだけの巨大な存在。人々はその周りで様々な活動を繰り広げるが……。バラード風の状況から奇妙な余韻を残す短編。
『白昼夢通信』(川野芽生)
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展示室や学芸員室のある一階から暗い色の木の階段を上ると、二階はもう静まり返っていて、その一番奥の扉にかかった不似合いにファンシーな札の、「開室中」の面を表にして中に入ると、空気はほんとうに冷え切っていて。奥にひとつだけある窓の向こうでは、ますます強くなる粉雪が白く渦巻いていたけれど、それを見なくても雪が降っているとわかる、ううん、雪の日じゃなくてもあの部屋の中はいつでもしんしんとした雪野だったんだと思うの。わかってもらえるかな、雪と埃は似ていて、埃と積み重なるページも似ていて、図書室や書庫というのは目に見えないものがしんしんと降り積もっていった気配に充ちている。あるいは、蛤の吐いた息が蜃気楼になるって言うでしょ、本にも本の呼吸があって、それが雪の蜃気楼みたいなものを作っているような気がする。わたしは本の吐く息のその冷たさが好きで、自分の体も冷えていっていつか一冊の本になれるんじゃないかって気がして。
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単行本p.120
大学の図書館で出逢った二人が、文通を始める。夢の気配を増してゆく文面。誰が誰に書いた手紙なのかも曖昧になってゆく。幻想的な書簡体小説。
『痩せたくないひとは読まないでください。』(松崎有理)
――――
現政府は加速する肥満率上昇傾向を打破すべく国民的イベントを企画した。国民のなかから抽選で参加者五名を選ぶ。なおBMIが高いほど参加権の当選率があがるしくみだ。
(中略)
うわあ、すごい。優勝したら大金持ちだ。しかもスリムな体になってタレントあつかいだなんて。
たった五人のうちのひとりとなった幸運に舞いあがった。アイスクリームのパッケージを持ちあげてばんざいしたあと、中身をきれいにたいらげた。以上は彼女にとっておやつである。夕食はいつもの宅配ピザで3Lサイズを注文した。ふだんは2Lでがまんしてるけど、今夜はちょっとだけ多めに食べてもいいよね。だって優勝したら痩身術を受けられるんだし。
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単行本p.193
医療費削減のために政府が打ち出した恐怖のデスゲーム。参加者はあの手この手で繰り出される美食への誘惑に耐えなければならない。誘惑に負ければ、死、あるのみ。果たして生き残るのは誰か……。「本作の執筆中にニキロ痩せた」(作者あとがきより)という、ダイエット時の心象風景を表現したと思しき抱腹絶倒の悪いこと言うパンダSF。
『調律師』(水見稜)
――――
人々は合唱し、神々に祈る。天と地と、その間にある重力を感じる。
「ああ、いい気持ちだ」とマイケルは薄目をあけて父の耳元でささやいた。「ここに帰ってきてようやく思い出した。心臓の鼓動と音楽が合っている。――人間には音楽が必要なんだ」
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単行本p.245
火星に運ばれてきたグランドピアノの調律を担当することになった調律師。楽器や演奏に対する重力の影響、そして人間の身体に対する音楽の影響。「天体の音楽」をテーマに奏でられる音楽SF。
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