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『お金本』 [読書(随筆)]

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 貴君に対しては、私、終始、誠実、厳粛、おたがひ尊敬の念もてつき合ひました。貴兄に五十円ことわられたら、私、死にます。それより他ないのです。
 ぎりぎり結着のおねがひでございます。来月三日には、きちんと、全部、御返却申しあげます。(中略)どんなに、おそくとも三日には、キット、キット、お返しできます。充分御信用下さい。
 お友達に「太宰に三日まで貸すのだ。」と申して友人からお借りしても、かまひませぬ。
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「手紙 昭和十一年」(太宰治)より


 金がない、金がない。作家を苦しめるのは〆切だけではない。左右社による文豪みっともないアンソロジー、その第三弾のテーマはずばり「金」。単行本(左右社)出版は2019年10月です。


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 あえてこう言いましょう。作家だから金がないのではなく、金がないからこそ「真の作家」たり得たのだと。
 恥も哀しみもかなぐり捨てて、ただ今日を生きるのだ。これは作家たちの物語であると同時に、お金の前に無力なわたしたち人間の、叛逆と希望の物語です。
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「はじめに」より


 左右社による文豪みっともないアンソロジーの既刊本の紹介はこちら。

2016年12月22日の日記
『〆切本』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2016-12-22


2018年01月10日の日記
『〆切本2』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2018-01-10


 ではまず、金がない、というストレートな叫びから。


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 私が巨万の富を蓄へたとか、立派な家を建てたとか、土地屋敷を売買して金を儲けて居るとか、様々な噂が世間にあるやうだが、皆嘘だ。
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「文士の生活」(夏目漱石)より


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 貧乏貧乏と云ふけれど、貧乏して質に入れると云ふのはまだ上つつらの話である。質に入れる物がある内は貧乏とは云はれないと云ふ事を、その後の自分の経験で思ひ知つた。
 質屋通ひを卒業して、卒業したと云ふのはもう質草がなくなつたから質屋に用がない。次に金貸しからお金を借りる事を覚えた。早世した酒飲みの亡友から教はつたので、初めは連帯保証人附きであつたから条件は割り合ひに軽かつた。
 それから単独で高利貸の金を借りる用になつた。
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「質屋の暖簾」(内田百閒)より


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 貴兄から借りたお金返さねばならないと思つて要心してゐたのですが、ゆうべ原稿料を受取ると友達と会ひみんな呑んでしまひ、今月お返しできなくなりました。たいへん悲しくなりましたが、どうぞかんべんして下さい。
 小生こんど競馬をやらうかと思つてゐますよ。近況御知らせまで。
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「手紙 昭和十一年」(坂口安吾)より


 こういうときに作家を助けるのも、出版社の大切な仕事です。


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 新潮社の意見は非常に強硬で、詩人には一切金を借さないと言つてるさうだ。到底駄目らしい。
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「手紙 昭和四年」(萩原朔太郎)より


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 一つ君にききたいが、君たちも月末には一文も月給を貰はなかつたか。それから僕も何にも云はない。
 僕もアルスをあてにして印税生活をしてゐる以上、月末には君たちと同じく金は必要なのだ。君たちの仕事が報酬を受け得べきなら僕とても同じだし、でなければ困ることは同じだ。
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「手紙 大正十四年」(北原白秋)より


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「いくら来た? 一円か? 一円五十銭か?」
 久米は僕の顔を見ると、彼自身のことのやうに熱心にたづねた。僕は何ともこたへずに、振替の紙を出して見せた。振替の紙には残酷にも三円六十銭と書いてあつた。
「三十銭か。三十銭はひどいな。」
 久米もさすがになさけない顔をした。(中略)もうこの間のやうに、おごれとか何とかはいはなかつた。
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「知己料」(芥川龍之介)より


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 尤も、それも芥川、久米、三上、中戸川、山本と云ったような親しい人達には、原稿料を払っていないのだ。それから、先月の岡本綺堂氏にも払わなかった。読者諸君も本誌に対するこうした人達の好意を覚えていてほしい。
 投稿は取っても原稿料を払わないのを原則とするから、そのつもりでいてほしい。
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「文藝春秋・編集後記」(菊池寛)より


 仕方ない。金を得よう。そう決めてはみたものの、金を得る方法を知っていればそもそも作家になどならなかったわけで……。


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 僕は今年から金銭をもつと取る工夫をしようかと思つてゐる。さうでないと、金を持つてゐる人間の気持ちが切実に書けないと思ふので、どうです。
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「書簡 昭和五年」(横光利一)より


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 そうではなくアイラブユーオーケー、自分だって金持ちになる、ビッグになる。この気概が大事なのだ。いつまでもチンジャオロースー食ってへらへらしてんじゃねぇよ。金持ちになれよ、ビッグになれよ。ガッツでさあ。とボクは自分で自分に気合を入れ、金持ちになる決意をした。
 のが三日前。しかし金持ちになるのは実に難しいということに気がついた。というのは金持ちになるためにはまず金が必要だということで
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「死闘三日 下積みのチンジャオ」(町田康)より


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 ああでもない、こうでもない、と私はあらゆる種類の金もうけ法について考えて見たが、どれもこれも皆、自分の手に負えそうになかった、結局、私は、空想の中で、その、大金を拾って警察へとどけるという一番消極的な方法を考えついたのであった。
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「大晦日の夜逃げ」(平林たい子)より


 そもそも何かが間違っているのではないか。


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 原稿料は高い方がよいというのは、私は伊丹空港へタクシーで往復しますと高くつきます(七千円近い)。しかし、これは私の原稿がおそいためで、早くかけば空港へいかなくてすむのだ。だれも怨むことはない。
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「お金Q&A 6」(田辺聖子)より


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 資本家の搾取に対しては、無論反対であるが、人間は働かなくつても喰へるのが本当だ、と自分は信じてゐる。さういふ社会にならなければ嘘だと思つてゐる。
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「金儲けの秘伝」(直木三十五)より


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 私ならキャバクラで15000円使うくらいなら「まんがの森」に行きたい。500円の漫画が30冊も買える、と云うと、それならキャバクラのあとで漫画喫茶に行く方がいい、と云い返されて、この話には終わりがないのだった。
 誰もが必ず関わりをもち、毎日のように使っているお金の感覚が、こんなにズレているのは何故なのだろう。
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「金銭換算」(穂村弘)より


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 私は、某カストリ出版社の雑誌に、原稿料をもらいに行き、二時間余も、待たされた挙句、予想の五分の一ぐらいのハシタ金をもらった腹立たしさで、帰途、新宿をぶらついていて、とある犬屋で、ひどくなれなれしく、からだをこすりつけて来る柴犬を、衝動的にその原稿料で買ってしまった。その犬は、十三年間わが家にいて、老衰し、盲目になりフィラリヤにかかって亡くなった。
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「戦後十年」(柴田錬三郎)より





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