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『遺品』(池井昌樹) [読書(小説・詩)]

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ふかいもり
はてしれぬもり
ふかいたに
そこしれぬたに
そのたにぞこから
一劫一度
不死鳥(フェニックス)がまいあがり
そらへときえる
ふかいそら
はてしれぬそら
なにもない
だれもいない
――――
『不死鳥』より


 ごく短い一行。定型的なひらがなの連なり。ことばの断片を重ね並べ繰り返すことで、印象的なリズムや無常観を生み出してゆく詩集。単行本(思潮社)出版は2019年9月です。


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おはようも
おやすみも
いってきますも
ただいまも
うしなわれてゆくだろう
うつくしい詩は
うしなわれてゆくだろう
しぐれさみだれ
こぬかあめ
おつきさま
おひさまも
うしなわれてゆくだろう
うつくしい詩は
うしなわれてゆくだろう
――――
『うつくしい詩は』より


 記憶の曖昧さから生ずる不安、夢や死からイメージされる無常観のようなもの。自分の存在そのものが不確かになるような、ふと死後の世界にいたことに気づくような、そんな印象を与える作品が並びます。ひらがなだけで構成する視覚的迫力、そこに注意深く漢字を混ぜてくるやり口、短いフレーズを繰り返すことで生じる浮遊感。たくみなテクニックで読者の心をこの世から引き離してゆきます。


――――
もしもあなたがほんとうは
ぜんぶうそだとわかったら
あなたはそのときふきだしますか
それともふかくすくわれますか
あなたはふかくすくわれて
たわいなくよろこんだり
たわいなくかなしんだり
これまでどおりのまいにちを
まいにちつづけてゆきますか
――――
『もしも』より


――――
おもいだしてはならないゆめを
おもいだしてはならないのです
ゆめからさめたただそれだけを
よろこびとしていきることです
だれかしきりにささやくけれど
いまもしきりにささやくけれど
おもいだしてはならないゆめの
いつかはさめるゆめのほとりで
――――
『夢』より全文引用


――――
だれかがはなをいけている
だれかがすみをすっている
ぬれえんで
ごばんをかこむものもいる
こうのけむりはひとすじに
よじれもせずにたちのぼり
しずかにときがすぎてゆく
ととのいました
よぶこえに
だれもがしんとたちあがり
おりからのはるかぜにのり
まいあがり
うずまきながらそうれつは
はなふぶくよう
そらへときえた
ゆめからさめたひとひらの
なきがらだけをおきざって
――――
『花吹雪』より全文引用


――――
         学習机のきしむ抽出し開
ければ珍かなものばかり鈍く澄み清み澄み澱
み瑪瑙のように琥珀のように跡から跡から顕
現れて、脳裏の闇の漆黒の石炭袋をピシと裂
けば最古の香木が仄かに匂う……と、いや、
待ってくれ、そうじゃない、あの友も、あの
部屋も、ニスの剥げた学習机も、どこにもな
かった。そんなものもともとなかった。それ
ならば、今も私の掌に遺るこの澄み清み澄み
澱む美しい璧は何だろう。ありえない記憶を
辿ろうとすればいつも、その最涯の漆黒の石
炭袋の裂け目から最古の香木が仄かに匂う
――――
『銀河系』より





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