『記憶の盆をどり』(町田康) [読書(小説・詩)]
――――
「お、お父さん、いつの間にそんなに身長が高くなったんです。死んだら人は身長が高くなるんですか」
「いや、死んだら高くなるという訳ではない。悦べ、経高。俺はなあ、死んで大日如来になったのだ」
「はあ?」
「いやだから大日如来になったんだよ」
「なんすか、大日如来って」
「えおまえ、大日如来、知らないの」
「ええまあ、言葉としては知ってますよ。知ってますけど……」
絶句してもう一度、父を見た。
大日如来だった。
――――
単行本p.37
シリーズ“町田康を読む!”第67回。
町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、御伽草子、捕物帳、ロック、ビアス、夢十夜、佐野洋子、エゲバムヤジ、活き活きとした語りのパワーで何もかもぶっちぎり現代文学にしてしまう最新強烈短編集です。単行本(講談社)出版は2019年10月、Kindle版配信は2019年10月です。
[収録作品]
『エゲバムヤジ』
『山羊経』
『文久二年閏八月の怪異』
『百万円もらった男』
『付喪神』
『ずぶ濡れの邦彦』
『記憶の盆おどり』
『狭虫と芳信』
『少年の改良』
『エゲバムヤジ』
――――
ならばナンジャラホイってこっちも無遠慮、玄関先まで呼び出された不機嫌を隠さずに尋ねると、女も女、切口上で、「あたし、もう無理だから。お宅で飼っていただけますぅ」と一応、尋ねてるのは尋ねてるが有無を言わさない、言い捨てると、持っていた箱を俺に手渡し、そのまま行こうとするので、「待たんかい、待たんかい、意味わからんがな」と、肩に手をかけると、「きゃあああ」と大仰な悲鳴、相手は若い女で俺はおっさん、痴漢冤罪事件でもでっち上げられたらたまらぬ、とて慌てて手を引き込めると、女は後ろ手にドアーを閉めて行ってしまって、俺の手に箱が残った。重たい布の箱。なにが入っているのだろう、うえにタオルがかけてある、とってみるとなかで小さな白い塊がわなないていた。これがエゲバムヤジ。
――――
単行本p.10
女からエゲバムヤジを押し付けられやむなく飼うことになった男。最初はいやいやだったが、次第に愛情がわいてくる。運気も上がってくる。やがて再び女がやってきて、返してと言われたのだが……。
『山羊経』
――――
なにがいったいあんなに苦しかったのか。思いだそうとすると、今の義行のことの苦しみやなんかも、その他の綺麗な色もマーブルに混ざって、マーブルが揺れて回転し始め、マーブルがどんどん大きくなっていって、その中心がドリルのようになって自分の脳に朧でありながら鋭い痛みと熱を注入して全身に毒が回ったようになって顔が三倍も膨らんで。
ああああああああっ。吻。
破。邪。顕。正。
もの狂いしたようになって、でも心の駒に鞭打って、前に十手術に凝ったとき自己流で案出した印のようなことをやってなんとか渦状のものに脳が冒されるのを防止した。
――――
単行本p.22
ぐずぐずと穢土を彷徨ううちに、大日如来になった父と再会し、己の未来記を語って聞かされるはめになった男の運命は。
『文久二年閏八月の怪異』
――――
「へぇ、あのぉ、なんか、親分、ひとりだけ乗り、違ってませんか」
「違ってる? なにが?」
「なにが、ってことはないんですけどね、なんかこう、ひとりだけ違う世界にいませんか」
「人間はもともとみんな違う世界にいるのさ。それを認められるタフな人間と認められないヤワな人間がいるだけさ」
「そんなもんすかね」
「そんなもんだよ」
――――
単行本p.88
ときは文久二年。三河町の安アパートに住む岡っ引、半七親分のところに、いかにも女芸人の着るようなシェイプのドレスをまとい、よいパフュームを漂わせた女が人探しの相談にやってくる。江戸の世を騒がす怪事件の真相やいかに。半七クライムケースファイルの一篇。
『百万円もらった男』
――――
男はほくそ笑みました。男の前に百万円の札束がありました。正確にはさっきの喫茶店代を払ったので九十九万九千円でしたが、しかし、おおよそ百万円という大金が男の前にあったのです。男がこんな大金を手にしたことはかつてありません。
男は百万円を摑み、これに頬ずりして、「おほほ。僕の可愛い百万円ちゃん」と言うと、後ろ向きに倒れ、百万円を抱いて床を転げ回りました。四つん這いになって百万円を顔に押しつけ、尻をたっかくあげて、おおおっ、おおおおっ、と雄叫びを上げつつ、尻を左右にグニグニ振るなどしました。
――――
単行本p.100
あなたの才能を百万円で買いたい。そんな申し出に飛びついた売れないミュージシャン。百万円を手にして有頂天になったが……。『100万回生きたねこ』へのトリビュート作品ですがそこは気にしなくてもいいというか気にしないほうがいいというか。
『付喪神』
――――
読経によって形成された透明のバリアがビームを跳ね返して、その地点に火花が散った。
「おしっ、いけてるいけてる。もっと、読経せいっ」
一連が叱咤して、弟子たちはなおも経を誦した。護摩も焚いた。バリアが厚くなっていった。バキバキバキバキ。ビームは、流れる水、誰かの満たされぬ想い、いつかみた希望のようにバリアの表面を青白い光となって走った。
「あかんがな。もっと、ビーム、出せ。ビーム」
六尺棒が叫び全員がバリアめがけてビームを放出した。
なんという恐ろしいことだろう、言い忘れていたが、いつしか物どもは独自にビームを発出できるようになっていたのである。
――――
単行本p.
活き活きとした現代語による古典リライト。『御伽草子』より。
百年を経て物心ついた「物」たち。付喪神にあおられて、自分たちを棄てた人間に復讐しようという話になり、存立危機事態だやっちゃえ派と、戦争したくなくてふるえる派に分かれて、侃々諤々。妖怪変化だ百鬼夜行だ、いきおいに乗って人間をばんばん殺してゆく物たち。しゃらくせえくらえ妖怪ビーム! させるか読経バリア! わりと人間そっちのけで内紛に没頭する物たち。その様子を物見高く見物しては次々と命を落とすアホな人間たち。いつの世も戦争は虚しい。
『ずぶ濡れの邦彦』
――――
そもそも瑠佳はなぜ結婚するにあたって邦彦に走ることを禁じたのか。というと少し違うのは、邦彦という人がまずあって、その邦彦に、走らない、という条件をつけたのではなく、走らない人、という前提条件にたまたま合致したのが邦彦であったに過ぎないからで、瑠佳からすれば走りさえしなければ猿彦でも彦六でもなんでもよく、というか彦である必要すらなかった。
――――
単行本p.186
絶対に走らない、という条件で結婚した邦彦。たとえ雨に降られずぶ濡れになっても、けなげに妻との約束を守り続けてきた邦彦。だがあるとき、ここで走らなければ飼い犬の命が、という危機に直面する。
『記憶の盆おどり』
――――
気がおかしい美人ほど世の中を混乱させるものはない。
だから帰るのか、というと帰らない。この状況で帰るのはいろんな意味で困難だ。女にも恥をかかせることになるし、自分の気持ちも収まりが付かない。もちろんこのことは厄介な問題となるだろう。しかしそれがなんだというのだ。自分はなにもかもを忘れるという奇病にかかっている。問題が起きたらそれをよいことにして忘れた振り、なにも覚えていない振りをすればよいだけの話だ。というか私は実際に忘れてしまうだろう。
――――
単行本p.219
飲酒のせいで、あるいは断酒のせいで、記憶がときどき抜け落ちてしまう語り手。知らない美人と、引き受けた覚えのない仕事の打ち合わせなどしつつ、気づいたら、何でか知らんが彼女の部屋のベッドの上で酒など飲んでいている。どうしてこうなったのかさっぱり分からない。記憶欠落がだんだんと激しくなってゆき、ついには、数行前に書いてあったことすら忘れてしまうようになり、何が何だか記憶欠落夢十夜。
『狭虫と芳信』
――――
僕はなにも悪を気取ってるんじゃない。僕はねぇ、生きたいんだよ。どうしても生きたいんだよ。それもただ生きたいんじゃない。楽して生きたいんだよ。そのために泥棒してます。
――――
単行本p.253
知人が家にやってくるたびに物が盗まれる。しかし不思議なことに、そいつに物が盗まれた後には必ず大きな幸運がやってくることに気づいた。じゃ、トータルでは得してるじゃん。ところが最近、その知人はわが家に来ても窃盗をしなくなった。困った困った。そこで僕の代わりに知人をもてなして、そこらの物を盗むよう仕向けてくれないか。わけのわからない依頼を受けた語り手は、何とかして相手に窃盗させようと四苦八苦するが……。
『少年の改良』
――――
「どうだ、君の考えるロックとは随分違うだろう? 君の志は銃弾に撃ち抜かれたようになったんじゃないのかな?」
少年は鼻を膨らませ、そして言った。
「なんぼうにもロックですがな。私らはむずかしいことはわからぬ。私らはそのときの快味で満足じゃ。心のなかは永日でがす。鶏の饂飩啄む日永かな、と学校で習いましたが。私はまるっきりカメラ小僧じゃ。もうなにもわからん。あんたの写真を撮ったろ。私らにはそれがロックじゃ」
そう言って少年は私の写真を撮った。
――――
単行本p.288
もう学校なんて止めてロックに生きる。そう言い出した息子を説得して思い止まらせてほしい。美人からそう頼まれた語り手は、本物のロックミュージシャンがどういうものかを見ればきっと幻滅するだろうと考え、少年を連れてライブハウスに向かう。ロックとは何だろう。ロックな生き方とは何だろう。著者が著者だけに、場末のしょぼいライブハウスで演奏しているロックバンドの描写はとってもリアル。
「お、お父さん、いつの間にそんなに身長が高くなったんです。死んだら人は身長が高くなるんですか」
「いや、死んだら高くなるという訳ではない。悦べ、経高。俺はなあ、死んで大日如来になったのだ」
「はあ?」
「いやだから大日如来になったんだよ」
「なんすか、大日如来って」
「えおまえ、大日如来、知らないの」
「ええまあ、言葉としては知ってますよ。知ってますけど……」
絶句してもう一度、父を見た。
大日如来だった。
――――
単行本p.37
シリーズ“町田康を読む!”第67回。
町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、御伽草子、捕物帳、ロック、ビアス、夢十夜、佐野洋子、エゲバムヤジ、活き活きとした語りのパワーで何もかもぶっちぎり現代文学にしてしまう最新強烈短編集です。単行本(講談社)出版は2019年10月、Kindle版配信は2019年10月です。
[収録作品]
『エゲバムヤジ』
『山羊経』
『文久二年閏八月の怪異』
『百万円もらった男』
『付喪神』
『ずぶ濡れの邦彦』
『記憶の盆おどり』
『狭虫と芳信』
『少年の改良』
『エゲバムヤジ』
――――
ならばナンジャラホイってこっちも無遠慮、玄関先まで呼び出された不機嫌を隠さずに尋ねると、女も女、切口上で、「あたし、もう無理だから。お宅で飼っていただけますぅ」と一応、尋ねてるのは尋ねてるが有無を言わさない、言い捨てると、持っていた箱を俺に手渡し、そのまま行こうとするので、「待たんかい、待たんかい、意味わからんがな」と、肩に手をかけると、「きゃあああ」と大仰な悲鳴、相手は若い女で俺はおっさん、痴漢冤罪事件でもでっち上げられたらたまらぬ、とて慌てて手を引き込めると、女は後ろ手にドアーを閉めて行ってしまって、俺の手に箱が残った。重たい布の箱。なにが入っているのだろう、うえにタオルがかけてある、とってみるとなかで小さな白い塊がわなないていた。これがエゲバムヤジ。
――――
単行本p.10
女からエゲバムヤジを押し付けられやむなく飼うことになった男。最初はいやいやだったが、次第に愛情がわいてくる。運気も上がってくる。やがて再び女がやってきて、返してと言われたのだが……。
『山羊経』
――――
なにがいったいあんなに苦しかったのか。思いだそうとすると、今の義行のことの苦しみやなんかも、その他の綺麗な色もマーブルに混ざって、マーブルが揺れて回転し始め、マーブルがどんどん大きくなっていって、その中心がドリルのようになって自分の脳に朧でありながら鋭い痛みと熱を注入して全身に毒が回ったようになって顔が三倍も膨らんで。
ああああああああっ。吻。
破。邪。顕。正。
もの狂いしたようになって、でも心の駒に鞭打って、前に十手術に凝ったとき自己流で案出した印のようなことをやってなんとか渦状のものに脳が冒されるのを防止した。
――――
単行本p.22
ぐずぐずと穢土を彷徨ううちに、大日如来になった父と再会し、己の未来記を語って聞かされるはめになった男の運命は。
『文久二年閏八月の怪異』
――――
「へぇ、あのぉ、なんか、親分、ひとりだけ乗り、違ってませんか」
「違ってる? なにが?」
「なにが、ってことはないんですけどね、なんかこう、ひとりだけ違う世界にいませんか」
「人間はもともとみんな違う世界にいるのさ。それを認められるタフな人間と認められないヤワな人間がいるだけさ」
「そんなもんすかね」
「そんなもんだよ」
――――
単行本p.88
ときは文久二年。三河町の安アパートに住む岡っ引、半七親分のところに、いかにも女芸人の着るようなシェイプのドレスをまとい、よいパフュームを漂わせた女が人探しの相談にやってくる。江戸の世を騒がす怪事件の真相やいかに。半七クライムケースファイルの一篇。
『百万円もらった男』
――――
男はほくそ笑みました。男の前に百万円の札束がありました。正確にはさっきの喫茶店代を払ったので九十九万九千円でしたが、しかし、おおよそ百万円という大金が男の前にあったのです。男がこんな大金を手にしたことはかつてありません。
男は百万円を摑み、これに頬ずりして、「おほほ。僕の可愛い百万円ちゃん」と言うと、後ろ向きに倒れ、百万円を抱いて床を転げ回りました。四つん這いになって百万円を顔に押しつけ、尻をたっかくあげて、おおおっ、おおおおっ、と雄叫びを上げつつ、尻を左右にグニグニ振るなどしました。
――――
単行本p.100
あなたの才能を百万円で買いたい。そんな申し出に飛びついた売れないミュージシャン。百万円を手にして有頂天になったが……。『100万回生きたねこ』へのトリビュート作品ですがそこは気にしなくてもいいというか気にしないほうがいいというか。
『付喪神』
――――
読経によって形成された透明のバリアがビームを跳ね返して、その地点に火花が散った。
「おしっ、いけてるいけてる。もっと、読経せいっ」
一連が叱咤して、弟子たちはなおも経を誦した。護摩も焚いた。バリアが厚くなっていった。バキバキバキバキ。ビームは、流れる水、誰かの満たされぬ想い、いつかみた希望のようにバリアの表面を青白い光となって走った。
「あかんがな。もっと、ビーム、出せ。ビーム」
六尺棒が叫び全員がバリアめがけてビームを放出した。
なんという恐ろしいことだろう、言い忘れていたが、いつしか物どもは独自にビームを発出できるようになっていたのである。
――――
単行本p.
活き活きとした現代語による古典リライト。『御伽草子』より。
百年を経て物心ついた「物」たち。付喪神にあおられて、自分たちを棄てた人間に復讐しようという話になり、存立危機事態だやっちゃえ派と、戦争したくなくてふるえる派に分かれて、侃々諤々。妖怪変化だ百鬼夜行だ、いきおいに乗って人間をばんばん殺してゆく物たち。しゃらくせえくらえ妖怪ビーム! させるか読経バリア! わりと人間そっちのけで内紛に没頭する物たち。その様子を物見高く見物しては次々と命を落とすアホな人間たち。いつの世も戦争は虚しい。
『ずぶ濡れの邦彦』
――――
そもそも瑠佳はなぜ結婚するにあたって邦彦に走ることを禁じたのか。というと少し違うのは、邦彦という人がまずあって、その邦彦に、走らない、という条件をつけたのではなく、走らない人、という前提条件にたまたま合致したのが邦彦であったに過ぎないからで、瑠佳からすれば走りさえしなければ猿彦でも彦六でもなんでもよく、というか彦である必要すらなかった。
――――
単行本p.186
絶対に走らない、という条件で結婚した邦彦。たとえ雨に降られずぶ濡れになっても、けなげに妻との約束を守り続けてきた邦彦。だがあるとき、ここで走らなければ飼い犬の命が、という危機に直面する。
『記憶の盆おどり』
――――
気がおかしい美人ほど世の中を混乱させるものはない。
だから帰るのか、というと帰らない。この状況で帰るのはいろんな意味で困難だ。女にも恥をかかせることになるし、自分の気持ちも収まりが付かない。もちろんこのことは厄介な問題となるだろう。しかしそれがなんだというのだ。自分はなにもかもを忘れるという奇病にかかっている。問題が起きたらそれをよいことにして忘れた振り、なにも覚えていない振りをすればよいだけの話だ。というか私は実際に忘れてしまうだろう。
――――
単行本p.219
飲酒のせいで、あるいは断酒のせいで、記憶がときどき抜け落ちてしまう語り手。知らない美人と、引き受けた覚えのない仕事の打ち合わせなどしつつ、気づいたら、何でか知らんが彼女の部屋のベッドの上で酒など飲んでいている。どうしてこうなったのかさっぱり分からない。記憶欠落がだんだんと激しくなってゆき、ついには、数行前に書いてあったことすら忘れてしまうようになり、何が何だか記憶欠落夢十夜。
『狭虫と芳信』
――――
僕はなにも悪を気取ってるんじゃない。僕はねぇ、生きたいんだよ。どうしても生きたいんだよ。それもただ生きたいんじゃない。楽して生きたいんだよ。そのために泥棒してます。
――――
単行本p.253
知人が家にやってくるたびに物が盗まれる。しかし不思議なことに、そいつに物が盗まれた後には必ず大きな幸運がやってくることに気づいた。じゃ、トータルでは得してるじゃん。ところが最近、その知人はわが家に来ても窃盗をしなくなった。困った困った。そこで僕の代わりに知人をもてなして、そこらの物を盗むよう仕向けてくれないか。わけのわからない依頼を受けた語り手は、何とかして相手に窃盗させようと四苦八苦するが……。
『少年の改良』
――――
「どうだ、君の考えるロックとは随分違うだろう? 君の志は銃弾に撃ち抜かれたようになったんじゃないのかな?」
少年は鼻を膨らませ、そして言った。
「なんぼうにもロックですがな。私らはむずかしいことはわからぬ。私らはそのときの快味で満足じゃ。心のなかは永日でがす。鶏の饂飩啄む日永かな、と学校で習いましたが。私はまるっきりカメラ小僧じゃ。もうなにもわからん。あんたの写真を撮ったろ。私らにはそれがロックじゃ」
そう言って少年は私の写真を撮った。
――――
単行本p.288
もう学校なんて止めてロックに生きる。そう言い出した息子を説得して思い止まらせてほしい。美人からそう頼まれた語り手は、本物のロックミュージシャンがどういうものかを見ればきっと幻滅するだろうと考え、少年を連れてライブハウスに向かう。ロックとは何だろう。ロックな生き方とは何だろう。著者が著者だけに、場末のしょぼいライブハウスで演奏しているロックバンドの描写はとってもリアル。
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