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『ひかりへ』(紺野とも) [読書(小説・詩)]

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すべての坂がつうじ、匿われて川がゆき、デジタルサイネージに囲まれた場所、言説(ディスクール)の故郷。清と濁のメレンゲがふりそそぐスクランブル交差点を眼下に、追憶よりも再生と抱擁をねがいあたらしいひかりのながれるほうへ。
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「熱を帯びてひかれ/塵のように小さくとも/その瞬間だけのために/生きろ」
暗渠の街で少女マンガとサイバーパンクが出会い、ひかりえとクラウドが交差する。ひたすらクールできらきらした詩集。単行本(思潮社)出版は2019年10月です。


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たわむれろ
いま塗らないと
その口紅はもう塗れない
その肩はもう出せない
キャッサバはまた生える
女の子たちは消費している
じゃれあって
たわむれているだけの
女の子たちは消費されない
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『たわむれろ』より


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男の子たちはいいよね
大人にならなくても少年らしいですんじゃって
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『そらいろ』より


 若い女性の日常がいかにクールなサイバーパンクなのかということ。


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クロネコヤマトからお届けのおしらせがLINEに届く。この日なら早く帰れるだろうと時間指定しても、もしかしたら受け取れないかもしれないそのときはごめん。ファミポートに向かって受け取り番号13桁と確認番号5桁を入力し出てきたレシートをレジで差し出し受け取るのは先月買いそびれた雑誌のバックナンバーほしかった付録。月末に受講することにしたセミナーの申し込みはPeatixのサイトから行う。すべて両手のスマホで完結する時代、ロックがかかったら文鎮化する自縛の一台。変わっていくんだね……閉鎖された青山劇場、こどもの城はフェンスに取り囲まれて昏いところから岡本太郎だけは顔を少しのぞかせてプレゾン(PLAY ZONE)、とおのく記憶を呼び覚ます。
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『歩道橋』より


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欠くことのできないもの(エッセンシャル)を諳じ/感じやすさ(センシティブ)をからかい、グーグルサーチコンソールは、であった人たち/たどった道ぜんぶ教えてくれる。来ようともしない人をどうやって呼び寄せるのか、SEO(検索エンジン最適化)のアルゴリズム、メタタグを並び替えながら第一京浜、マリンバの音は濁りを持ってきらめかず

エンベデッド
埋め込まれた思い出だけが世を成して
ラブリーデイ
凹凸はベースメイクで隠す
導入液(ブースター)が夜に整理する
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『速贄』より


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渡り飽きた交差点、旋回する歩道橋、ヒロオプラザ、ナショナル麻布マーケット、幼稚舎の塀、ERの文字、同じくらい大きなスタバのマーク、すべてが忘れている橋の名前――車の音がやまない。夜ひとり速い車列を愛でチェイスするときにここから落ちてしまってもラジコ(radiko)あるから史香(DJ秀島)さんの声途切れない。チューニングしなくても最適化されるヘルツがおりてきてもうだいじょうぶだと笑うけれど少しずつ近づいていきたかった。誰かの声も自動車も救急車も足音も、すべて音は言葉に変換できる。ふくらんで弾けるトラフィックインフォメーション/ウエザーニュース
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『エクスカーション天現寺』より


 そのまま、きらきら少女マンガ世界に没入しては反転離脱するそのスピード、ためらいのなさ。ついてゆくのも大変。


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ケーキに立てられた花火が消えないうちに動画撮ってストーリーにアップするよ(だいじょうぶかおはうつさない)(あっという間に消えてしまいそうな花火とプレートに書いてもらったなまえだけうつすから)隣の席のしらないおねえさんたちも拍手してくれてるこんなばかばかしい空間が好きだよ、ハッピーハッピー歌っちゃってさ、おめでとうってコメントとキラキラしたスタンプ押してメンションつけて公開!いまから24時間世界のみんながおめでとう、なにがおめでたいのかわかんないくらいおめでたいね。インスタさわってるうちに器用な子がきれいにケーキ切り分けてくれてた消えた花火はだれが食べるの?はかなすぎる花火でおめでとうなんておかしいよね、永遠に灯したいろうそくをひと息に吹き消すなんてそんなルールは誰が決めたの?(ケーキふつうにおいしい)(適度なあまさのクリームうれしい)向こう側の席ではまだ水曜日なのにクレリックシャツの男の子が前のめって見えないと思って彼女にキスしてた。わたしはクリームを舌で転がし溶かしながら瞳孔にそれを記録させようとして眠くなったりしてる。
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『アニヴェルセル』より


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ショートボブとショートカットのあいだの絶妙な加減を求めて答えてくれる鋏が気持ちよくて鏡ごしに指先をずっと眺めているからいつまでも飽きない。夏はアッシュブルーって決めてたからアッシュピンクの髪の毛にさようなら、冬のピンクが嘘みたいに今度は青くなる、雑誌が読みやすくなるように膝上に載せてもらったふわふわクッションをだきしめたくて淹れてもらったつめたい紅茶の大きめの氷を無理して嚙んだ。青っぽいみじかい髪の小さな丸顔の裏通り、
のぼってゆけ金星が近づく月へと
その裏側へと
熱を帯びてひかれ
塵のように小さくとも
その瞬間だけのために
生きろ
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『トランス/イントレランス』より



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