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『ぶたぶたのティータイム』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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 もっとつらい人もたくさんいるだろう。平凡と言えばそうかもしれない。でも、受け止められる重さは人それぞれ違う。公美恵は、その重さでもつらかった。その重さを、ぶたぶたのコーディアルと、電話の声が軽くし続けてくれた。
 それは多分、ぶたぶたの心が、それらに確かにこもっていたからに他ならない。彼の心は、どこにいても、離れていても届いていた。
 ぬいぐるみとか、本当に関係なかった。ずっとわかっていたのに、今まで気づかなかったのだ。
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文庫版p.226


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、中身は頼りになる中年男。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。大好評「ぶたぶたシリーズ」は、そんなハートウォーミングな奇跡の物語。

 記念すべきぶたぶた第30作目の本作は、英国風のケーキと紅茶を出してくれる素敵なカフェ「コーディアル」で皆様をお待ちしている山崎ぶたぶた氏を描いた5つの物語を収録した短篇集です。文庫版(光文社)出版は2019年7月。


[収録作品]

『アフタヌーンティーは庭園で』
『知らないケーキ』
『幸せでいてほしい』
『カラスとキャロットケーキ』
『心からの』




『アフタヌーンティーは庭園で』
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 母を見ると、何か悩んでいるようだった。
「どうしたの?」
「いや、好きなように食べていいって言われたけど、サンドイッチをあとにするのはさすがにはしたないかなって……」
 そうだった。母はしょっぱいもので締めたい人なのだ。
「いいんですよ」
 ワゴンに載ったぶたぶたがひょこっと顔を出す。「わーっ!」と叫びそうになるわ、サンドイッチが詰まりそうになるわで内心修羅場だったが、なんとか我慢した。
「どう召し上がっても、いいんですよ」
「……ぶたぶたさんなら、どう召し上がるんですか?」
 母ったら、下の名前で呼ぶなんて大胆!
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文庫版p.44


 庭園で開催されるアフタヌーンティーに参加した母娘。まあ、なんてファンタスティックなの。わざわざ出張してきて下さったパティシエさんもかわいいぬいぐるみだし。え、なにそれ?
 お砂糖とスパイスと素敵な何かに読者をご招待する導入作。


『知らないケーキ』
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 家にいるのとも違う。家ではこんなふうにお茶を飲まないし、飲めない。いろいろやることもあるし。
 言ってみれば、見知らぬ土地の道端でひと休みをしているような気分? 外ではないが、窓からの風も入ってくるし、開放感がある。
 お茶をゆっくり飲むって、こういうことかも、と和晴は思った。歩き疲れたら、休まないとそれ以上は進めない。そんな感じなのかもしれない。
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文庫版p.69


 50代後半のおじさんがふと立ち寄った「いんすたばえ」しそうなカフェ、「コーディアル」。店長は、ぬいぐるみだけど、年齢的にも近いおじさんなので一安心。色々と気苦労が絶えずばたばたしているうちに歳をとってしまったけど、こうしてお茶をゆっくり飲むなんて初めてかも知れないなあ。同世代のおじさんの心に刺さる作品。


『幸せでいてほしい』
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 それはね、お姉ちゃん――尊い思いが渋滞して、言語化できないってことなんだよ。沼にハマったオタクには、よくあることなんだよ。
 とは言わなかった。まだ。
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文庫版p.142


 何でも完璧にこなしてしまう美人の姉。その姉の様子が最近おかしい。せっかくいっしょにカフェ「コーディアル」に行っても、なぜか放心状態。もしやこれって、……。

 文庫の帯には「心が渋滞したら、ぶたぶたさんに会いに行こう」とあるのですが、これが「心がつらいときには、ぶたぶたさんで癒されよう」という意味ではなく、「推しが尊すぎてつらいときには、もう貢ぐしかない」という沼のことだと判明する作品。


『カラスとキャロットケーキ』
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「僕はただのぬいぐるみですから。それ以上の能力はないですよ」
 なんかすごいこと言われた。反論できない。「そんなことないですよ」とかも言えない。だいたい「ぬいぐるみの能力」の基本がわからない。
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文庫版p.171


 中学校でいじめられて不登校になった少年の周囲をうろつく怪しいカラス。そしてカフェにいるのは動いてしゃべるぬいぐるみ。しかも「上の娘があなたと同い年で」とか言われてしまう。山崎ぶたぶた氏に悩み相談して勇気をもらう作品。そういえば、ぶたぶたにとってカラスは天敵(油断すると持ってゆかれる)なのだった。


『心からの』
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 夫の両親はもう鬼籍に入っているが、父は病気だし、母も最近気弱になっている。夫ももう歳だし、公美恵自身も体調が今ひとつだし、子供たちにもいつ何があるかわからない。
 不安ばかりが倍増してしまう今日この頃だったが、ぶたぶたのお店には絶対に行きたかった。そこへ行けば、初めてエルダーフラワーコーディアルを飲んだ時みたいな気分に、またなれるように思えたから。
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文庫版p.217


 家庭内の気苦労、更年期うつ、花粉症。積み重なってゆく人生の辛さに押しつぶされそうになっていた女性が出会ったぬいぐるみ。それが十年におよぶ山崎ぶたぶたとの交流の始まりだった。ぼろぼろ泣ける最終話。



タグ:矢崎存美
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