『不自然な宇宙 宇宙はひとつだけなのか?』(須藤靖) [読書(サイエンス)]
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物理法則を与えればそれを具現する宇宙が実在する、と述べました。したがって、任意の数学的体系には対応する宇宙が実在することになります。これが過激派の思想の根源で、なぜ宇宙には法則があるのか、そして、なぜ法則は数学で記述できるのかという疑問への答えは、宇宙と法則と数学はすべて同じものだから、なのです。
(中略)
この結論に皆さんが納得してくれるかどうかわかりません。むしろ、その必要はないと思います。本書の読者が、「すべての数学的構造は具体的な宇宙として実在する」などと異口同音に主張するようになったとしたら、この私ですら恐ろしくなってしまいそうです。
私がお伝えしたかったことは、マルチバースという概念を突き詰めればやがて、法則とは何か、数学と宇宙との関係とは何か、科学的検証とは何か、また知性が存在しない宇宙は実在していると言えるのか、などの通常の科学の範囲を逸脱した哲学的問題に向き合わざるを得ないという事実です。それらの問いに正解はないでしょう。しかし、レベル4マルチバースは、そのような「科学的思索の世界」へ我々を誘ってくれるのです。
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新書版p.142、147
我々の宇宙はどうして知的生命の存在にとってあまりにも都合が良い「不自然な宇宙」なのか。その物理法則が数学によって完全に記述できるのはなぜか。我々の宇宙の「外側」はどうなっているのか。マルチバース概念をレベル1からレベル4に向かって突き詰めてゆき、そこに立ち現れる様々な哲学的難問と、それらを考えることの意義を解説してくれる一冊。新書版(講談社)出版は2019年1月、Kindle版配信は2019年1月です。
我々の存在にとってあまりにも都合が良すぎるこのユニバースの「不自然さ」から、人間原理とマルチバースという結論が出てくる。しかもそれはインフレーション宇宙論や超弦理論との整合性が高い。ここまではいいとして、では具体的にマルチバースの全貌はどうなっているのか。この疑問に現代宇宙論がどこまで迫れるかを解説してくれるサイエンス本です。
インフレーションモデルが正しければ必然的に実在するであろうレベル1マルチバースから、無矛盾なすべての数学的構造にはそれぞれ対応する宇宙が実在するというレベル4マルチバースまで、その実在の根拠とそこから派生する哲学的難問を示してゆきます。ある種のハードSFのファンならときめくこと間違いなし。
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レベル1マルチバース
現在観測可能ではない地平線の外側にも、同様のユニバースが無限に存在。その後少しずつ観測可能な領域に入ってくる。
同じ時空上に存在し、同じ法則を持つ無数の有限ユニバースの集合。空間体積が無限であれば、全く同じ性質のクローンユニバースがこのマルチバース内のどこかに(しかも無数個)実在。
レベル2マルチバース
無限個のレベル1マルチバースが、原理的にも因果関係を持たないまま、階層的に存在。
異なるマルチバースでは、物理法則が異なる。インフレーションモデルの予言と整合的。
レベル3マルチバース
量子力学の多世界解釈に対応する無数の時空の集合。
レベル3マルチバース内の異なるレベル3ユニバースを放浪する軌跡が我々の宇宙。
レベル4マルチバース
異なる数学的構造に対応する具体的な時空は必ず実在。
抽象的な法則は必ず対応する物理的実体を伴う。
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新書版p.92
[目次]
第1章 この「宇宙」の外に別の「宇宙」はあるのか?
第2章 宇宙に果てはあるのか? 宇宙に始まりはあるのか?
第3章 我々の宇宙の外の世界
第4章 不自然な我々の宇宙と微調整
第5章 人間原理とマルチバース
終章 マルチバースを考える意味
第1章 この「宇宙」の外に別の「宇宙」はあるのか?
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この不自然さは、我々が知っている物理法則がまだ完全ではないことを示すに過ぎず、未だ知られていないより根源的な法則が明らかになればすべて解消されるのかもしれません。あるいは全く逆に、宇宙のすべての性質が自然に説明できる必然性はなく、それらは結局偶然に帰着させるしかない、という考え方もありえます。
(中略)
事実上、これら2つの説の真偽を検証することは絶望的です。だからこそ、どちらがより強い説得力を持つのかが重要な判断基準となります。これは伝統的な科学的方法論とは違いますが、実験や観測で検証不可能な問題を考える際には不可避と言わざるを得ません。だからこそ、この「宇宙」の外に別の「宇宙」があるとすれば、それらはどのような形で存在し得るのか、それらの存在を認めることでどの程度不自然さが解消されるのか、といった様々な問題を考え抜く意義があるのです。
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新書版p.23、25
サイズ、相互作用、宇宙定数。物理法則から予想される「平均的な宇宙」と比べると我々の宇宙は100桁ほどもはずれた極めて異常な、不自然な宇宙であることが分かる。なぜ、我々の宇宙はここまで不自然なのか。マルチバースという考えが出てくる前提を突き詰めてゆきます。
第2章 宇宙に果てはあるのか? 宇宙に始まりはあるのか?
――――
これでついに、人間原理の基本的な結論「大多数の自然な宇宙では人間は誕生できないから、その宇宙の法則は極めて自然であると納得できる知性は存在しない。逆に、極めてまれで不自然な宇宙においてこそ人間が存在でき、彼らはなぜ自分たちの住む宇宙の法則がこれほど不自然なのかと必ず悩むはめになる」にたどり着きました。
初めて聞けば、よくぞこれだけ怪しい論理を展開できるものだ、と呆れてしまうかもしれません。しかし、これは我々の宇宙が不自然さに満ち溢れていることに対する合理的な説明(の1つ)になっています。
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新書版p.70
人間原理から「この宇宙の不自然さ」を説明するために、前提としてマルチバースの存在を認めなければならないことを解説します。
第3章 我々の宇宙の外の世界
――――
仮にレベル1マルチバースが無限体積であれば、決して検証できないほどのはるか遠くであるにせよ、我々のクローンユニバースが(無限個)実在するというのが論理的帰結です。そこには、私(のクローン)がいて、この本(のクローン)が出版され、皆さん(のクローン)が、それを読みつつ、彼らにとってのクローンユニバース(すなわち我々)の存在に思いを馳せているはずです。(中略)実在が当たり前だと思えるレベル1ユニバースとレベル1マルチバースですら、突き詰めて考えると信じがたい帰結をはらんでいる可能性があることは強調しておきたいと思います。
――――
新書版p.96、99
マックス・テグマークが提唱するマルチバースの分類に沿って、レベル1からレベル4までのマルチバースを概説します。またインフレーションモデルを認めるなら必然といえるレベル1マルチバースですら無数のクローンユニバースといった哲学的難問を引き起こすことを示します。
第4章 不自然な我々の宇宙と微調整
――――
このように、現在の宇宙の物理法則や物理定数のどれかを少し変更しただけで、たちまち世界の安定性が崩れてしまうのです。当然、人間も存在できなくなるでしょう。逆に言えば、人間が存在できるような組合せは限られていて、何らかの微調整が必要となります。そのような微調整を保証する機構がない限り、我々の宇宙は「たまたま」不自然なほどうまくできていると言うしかありません。(中略)偶然か必然かという二者択一ではなく、偶然と必然の中間に対応するような折衷案的解釈はないものでしょうか。それが次章で紹介する人間原理にもとづく世界観です。
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新書版p.179、181
第5章 人間原理とマルチバース
――――
科学、なかでも物理学は、世界からできる限り偶然を排し、すべてをすっきりと説明することを目指す営みです。そして物事の原因をどこまでも追求すれば、必然的に考えている系を拡大せざるを得ません。その端的な例が天文学なのです。
地球の振る舞いは太陽系で決まり、太陽系の振る舞いは銀河系に、銀河系は宇宙に、そしてこの宇宙のあり方はその外にある(かもしれない)マルチバースに原因を求めることができるというわけです。残念ながら、そのマルチバースはなぜ存在するのかという究極の問いに答えられるかはわかりません。しかし、気が遠くなるほど幾重にも連なる深い階層の末端にいる我々が抱く疑問の大半は、我々の住む宇宙の外のマルチバースの実在を認めるだけでそれなりにすっきりと納得できるのではないでしょうか。
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新書版p.206
終 章 マルチバースを考える意味
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科学の役割とは、未だ解かれていない難問に正解を与えることだと考える方が大半かもしれません。もちろん、それが重要であることはいうまでもありません。先人の絶え間ない努力によって科学は進歩を続け、その結果は、社会の発展と人々の生活の向上に大きく貢献してきました。
しかし私は、それと同時に、今まで気づかれていないとびっきり面白い疑問を発見することもまた科学の重要な役割である点を強調したいのです。それらに対する正解を発見する必要はありません。次世代の科学者が解明してくれるのかもしれませんし、ひょっとすると正解など存在しないのかもしれません。いずれの場合でも、その疑問が本質的でありさえすれば、正解を模索する過程で、さらに新たな発見が生まれ、我々人類は少しずつ賢くなっていくはずです。
――――
新書版p.212
最後の三つの章では、まず我々の宇宙における様々な物理定数の値が信じがたいほど生命の存在にとって都合がよいように「微調整」されていることを示し、人間原理とマルチバースによってその事実がすっきりと納得できるようになることを解説します。そして、検証不可能なことについて考えることが、科学という営みにとってどのような意義を持つのかを論じます。
物理法則を与えればそれを具現する宇宙が実在する、と述べました。したがって、任意の数学的体系には対応する宇宙が実在することになります。これが過激派の思想の根源で、なぜ宇宙には法則があるのか、そして、なぜ法則は数学で記述できるのかという疑問への答えは、宇宙と法則と数学はすべて同じものだから、なのです。
(中略)
この結論に皆さんが納得してくれるかどうかわかりません。むしろ、その必要はないと思います。本書の読者が、「すべての数学的構造は具体的な宇宙として実在する」などと異口同音に主張するようになったとしたら、この私ですら恐ろしくなってしまいそうです。
私がお伝えしたかったことは、マルチバースという概念を突き詰めればやがて、法則とは何か、数学と宇宙との関係とは何か、科学的検証とは何か、また知性が存在しない宇宙は実在していると言えるのか、などの通常の科学の範囲を逸脱した哲学的問題に向き合わざるを得ないという事実です。それらの問いに正解はないでしょう。しかし、レベル4マルチバースは、そのような「科学的思索の世界」へ我々を誘ってくれるのです。
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新書版p.142、147
我々の宇宙はどうして知的生命の存在にとってあまりにも都合が良い「不自然な宇宙」なのか。その物理法則が数学によって完全に記述できるのはなぜか。我々の宇宙の「外側」はどうなっているのか。マルチバース概念をレベル1からレベル4に向かって突き詰めてゆき、そこに立ち現れる様々な哲学的難問と、それらを考えることの意義を解説してくれる一冊。新書版(講談社)出版は2019年1月、Kindle版配信は2019年1月です。
我々の存在にとってあまりにも都合が良すぎるこのユニバースの「不自然さ」から、人間原理とマルチバースという結論が出てくる。しかもそれはインフレーション宇宙論や超弦理論との整合性が高い。ここまではいいとして、では具体的にマルチバースの全貌はどうなっているのか。この疑問に現代宇宙論がどこまで迫れるかを解説してくれるサイエンス本です。
インフレーションモデルが正しければ必然的に実在するであろうレベル1マルチバースから、無矛盾なすべての数学的構造にはそれぞれ対応する宇宙が実在するというレベル4マルチバースまで、その実在の根拠とそこから派生する哲学的難問を示してゆきます。ある種のハードSFのファンならときめくこと間違いなし。
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レベル1マルチバース
現在観測可能ではない地平線の外側にも、同様のユニバースが無限に存在。その後少しずつ観測可能な領域に入ってくる。
同じ時空上に存在し、同じ法則を持つ無数の有限ユニバースの集合。空間体積が無限であれば、全く同じ性質のクローンユニバースがこのマルチバース内のどこかに(しかも無数個)実在。
レベル2マルチバース
無限個のレベル1マルチバースが、原理的にも因果関係を持たないまま、階層的に存在。
異なるマルチバースでは、物理法則が異なる。インフレーションモデルの予言と整合的。
レベル3マルチバース
量子力学の多世界解釈に対応する無数の時空の集合。
レベル3マルチバース内の異なるレベル3ユニバースを放浪する軌跡が我々の宇宙。
レベル4マルチバース
異なる数学的構造に対応する具体的な時空は必ず実在。
抽象的な法則は必ず対応する物理的実体を伴う。
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新書版p.92
[目次]
第1章 この「宇宙」の外に別の「宇宙」はあるのか?
第2章 宇宙に果てはあるのか? 宇宙に始まりはあるのか?
第3章 我々の宇宙の外の世界
第4章 不自然な我々の宇宙と微調整
第5章 人間原理とマルチバース
終章 マルチバースを考える意味
第1章 この「宇宙」の外に別の「宇宙」はあるのか?
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この不自然さは、我々が知っている物理法則がまだ完全ではないことを示すに過ぎず、未だ知られていないより根源的な法則が明らかになればすべて解消されるのかもしれません。あるいは全く逆に、宇宙のすべての性質が自然に説明できる必然性はなく、それらは結局偶然に帰着させるしかない、という考え方もありえます。
(中略)
事実上、これら2つの説の真偽を検証することは絶望的です。だからこそ、どちらがより強い説得力を持つのかが重要な判断基準となります。これは伝統的な科学的方法論とは違いますが、実験や観測で検証不可能な問題を考える際には不可避と言わざるを得ません。だからこそ、この「宇宙」の外に別の「宇宙」があるとすれば、それらはどのような形で存在し得るのか、それらの存在を認めることでどの程度不自然さが解消されるのか、といった様々な問題を考え抜く意義があるのです。
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新書版p.23、25
サイズ、相互作用、宇宙定数。物理法則から予想される「平均的な宇宙」と比べると我々の宇宙は100桁ほどもはずれた極めて異常な、不自然な宇宙であることが分かる。なぜ、我々の宇宙はここまで不自然なのか。マルチバースという考えが出てくる前提を突き詰めてゆきます。
第2章 宇宙に果てはあるのか? 宇宙に始まりはあるのか?
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これでついに、人間原理の基本的な結論「大多数の自然な宇宙では人間は誕生できないから、その宇宙の法則は極めて自然であると納得できる知性は存在しない。逆に、極めてまれで不自然な宇宙においてこそ人間が存在でき、彼らはなぜ自分たちの住む宇宙の法則がこれほど不自然なのかと必ず悩むはめになる」にたどり着きました。
初めて聞けば、よくぞこれだけ怪しい論理を展開できるものだ、と呆れてしまうかもしれません。しかし、これは我々の宇宙が不自然さに満ち溢れていることに対する合理的な説明(の1つ)になっています。
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新書版p.70
人間原理から「この宇宙の不自然さ」を説明するために、前提としてマルチバースの存在を認めなければならないことを解説します。
第3章 我々の宇宙の外の世界
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仮にレベル1マルチバースが無限体積であれば、決して検証できないほどのはるか遠くであるにせよ、我々のクローンユニバースが(無限個)実在するというのが論理的帰結です。そこには、私(のクローン)がいて、この本(のクローン)が出版され、皆さん(のクローン)が、それを読みつつ、彼らにとってのクローンユニバース(すなわち我々)の存在に思いを馳せているはずです。(中略)実在が当たり前だと思えるレベル1ユニバースとレベル1マルチバースですら、突き詰めて考えると信じがたい帰結をはらんでいる可能性があることは強調しておきたいと思います。
――――
新書版p.96、99
マックス・テグマークが提唱するマルチバースの分類に沿って、レベル1からレベル4までのマルチバースを概説します。またインフレーションモデルを認めるなら必然といえるレベル1マルチバースですら無数のクローンユニバースといった哲学的難問を引き起こすことを示します。
第4章 不自然な我々の宇宙と微調整
――――
このように、現在の宇宙の物理法則や物理定数のどれかを少し変更しただけで、たちまち世界の安定性が崩れてしまうのです。当然、人間も存在できなくなるでしょう。逆に言えば、人間が存在できるような組合せは限られていて、何らかの微調整が必要となります。そのような微調整を保証する機構がない限り、我々の宇宙は「たまたま」不自然なほどうまくできていると言うしかありません。(中略)偶然か必然かという二者択一ではなく、偶然と必然の中間に対応するような折衷案的解釈はないものでしょうか。それが次章で紹介する人間原理にもとづく世界観です。
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新書版p.179、181
第5章 人間原理とマルチバース
――――
科学、なかでも物理学は、世界からできる限り偶然を排し、すべてをすっきりと説明することを目指す営みです。そして物事の原因をどこまでも追求すれば、必然的に考えている系を拡大せざるを得ません。その端的な例が天文学なのです。
地球の振る舞いは太陽系で決まり、太陽系の振る舞いは銀河系に、銀河系は宇宙に、そしてこの宇宙のあり方はその外にある(かもしれない)マルチバースに原因を求めることができるというわけです。残念ながら、そのマルチバースはなぜ存在するのかという究極の問いに答えられるかはわかりません。しかし、気が遠くなるほど幾重にも連なる深い階層の末端にいる我々が抱く疑問の大半は、我々の住む宇宙の外のマルチバースの実在を認めるだけでそれなりにすっきりと納得できるのではないでしょうか。
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新書版p.206
終 章 マルチバースを考える意味
――――
科学の役割とは、未だ解かれていない難問に正解を与えることだと考える方が大半かもしれません。もちろん、それが重要であることはいうまでもありません。先人の絶え間ない努力によって科学は進歩を続け、その結果は、社会の発展と人々の生活の向上に大きく貢献してきました。
しかし私は、それと同時に、今まで気づかれていないとびっきり面白い疑問を発見することもまた科学の重要な役割である点を強調したいのです。それらに対する正解を発見する必要はありません。次世代の科学者が解明してくれるのかもしれませんし、ひょっとすると正解など存在しないのかもしれません。いずれの場合でも、その疑問が本質的でありさえすれば、正解を模索する過程で、さらに新たな発見が生まれ、我々人類は少しずつ賢くなっていくはずです。
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新書版p.212
最後の三つの章では、まず我々の宇宙における様々な物理定数の値が信じがたいほど生命の存在にとって都合がよいように「微調整」されていることを示し、人間原理とマルチバースによってその事実がすっきりと納得できるようになることを解説します。そして、検証不可能なことについて考えることが、科学という営みにとってどのような意義を持つのかを論じます。
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