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『ランプの精』(栗木京子) [読書(小説・詩)]

 印象的な風景描写。ユーモラスな生活実感。震災や原発、そして戦争。様々な事柄を思わずはっとするような鮮やかさをもって切り取る歌集。単行本(現代短歌社)出版は2018年7月です。


 まずは季節表現の鮮やかさに驚かされます。こんな風によむのかと。


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ちぎれたるやはらかき掌が草の上をすべりゆくかとオホムラサキ飛ぶ
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フィリリリリ樹上に棲むは夏の精フィリリリリリと草雲雀鳴く
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音のなかに音を打ち込む強さもて未明の雷雨迫り来るなり
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暑き日に薔薇は棘まで枯れてをり排泄をせぬものは哀しも
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水中に脱皮するものおそろしやたとへば九月の海に没る月
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秋の陽は5グラムほどの重さもち橋渡りゆくわが額照らす
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縁側に寝そべる猫の首筋の匂ひかぎたし今日は立冬
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忘れゐし善行褒められたるごとし窓をあければ冬の明るさ
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 夜の孤独な食事風景を扱った作品も多いのですが、寂しいとか、不安だとか、そういう方向に向かわず、なぜか宇宙的妄想に跳んでゆきがちなのが妙におかしい。孤独はネガティブな状態ではないのです。


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山盛りの香菜食まむ左眼の奥がチカチカ疲れゐる夜は
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汚すため真白き皿を選びたり花冷えの夜のポークカレーに
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一人分の孤独の濃さをあたためて豆乳ラテを飲む夜の部屋
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手下ひとり欲しくなりたり月の夜にコンビニおでん買ひにゆくとき
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半月が一糸一毫まとはずに照る夜更けなりひとり枇杷むく
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青汁をよふけに飲み干せば宇宙を巡礼して来しごとし
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シーソーは思索的なり月の夜に地球滅亡後を憂ひつつ
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ひらひらと宇宙の闇をとぶ鞄あるべし新たな生物乗せて
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 一方、生活実感を扱ったユーモラスな作品も多く、今まで言葉にしたことはなかったけど言われてみればわかるわかる、という感じで、楽しい。


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とれたての魚を横抱きするやうに朝のメール読むうれしきメール
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金色にひかるオムレツ焼き上げぬペコポンとこころ窪みゐる朝
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パエリアを女四人で取り分くるときあたたかき暗がりの生る
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梅雨冷えの試着室出ればわがめぐり明るし百年ほどの過ぎしか
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孤独癖を今日はこじらせ家中のカーテン洗ふ洗ひては吊るす
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すべて捨てて掃除の楽な部屋にせむ秋の来るたび思ひて十年
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団栗はイベリコ豚の好物なり愛らしき豚育ててみたし
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足もとから怠惰になるは心地よし冬のはじめの炬燵の昼寝
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レジ待ちの列にて「早く!」と叫びたる夢より覚めて師走はじまる
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ラテンの血が今日はわが身に流れゐて隣家の子どもと雪かきをする
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動くもの許してならじと一日かけシチューを煮込む雨の日曜
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 しかしユーモラスな作品ばかりではなく、戦争や震災を扱った作品や、人の暗い情念や政治に対する怒りなどが込められた作品もあちこちに配置されており、気持ちが引き締まります。


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眠られぬ夜に想ひをり鰭の下に串を打たるる感覚などを
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紫陽花はむごき花なり褐色の顔のうしろにみづいろの顔
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いつまでも謝りつづけるひとりゐて児らの遊びのすさみてゆけり
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ゆくりなく噴水上がり思ひ出す人を蔑するときのときめき
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ひしめきあふ岩盤の上にわれら立ち瀑布のごとき藤の花見る
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感電せしネズミが冷却装置停む わが実家にて否原発内部で
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大雪の東京の夜に母は問ふ原発ゼロで凍え死なぬか
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雀ほどの小さなかたちかもしれずされど雀の怒りふくらむ
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もう読まぬ本束ねたりいつの日か我は短歌に裏切らるるや
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