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『宮内悠介リクエスト! 博奕のアンソロジー』(梓崎優、桜庭一樹、山田正紀、宮内悠介、星野智幸、藤井太洋、日高トモキチ、軒上泊、法月綸太郎、冲方丁) [読書(小説・詩)]

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 集められた原稿を、いまあらためて読んでみて思う。
 これってもしかして、ぼくがこれまでなした仕事のなかで最高傑作なのではないか?
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単行本p.4


 宮内悠介さんのリクエストに応じて9名の作家が書き下ろした作品に、宮内悠介さん自身の新作を加えた全10編を収録するギャンブルテーマの短編アンソロジー。単行本(光文社)出版は2019年1月です。


[収録作品]

『獅子の町の夜』(梓崎優)
『人生ってガチャみたいっすね』(桜庭一樹)
『開城賭博』(山田正紀)
『杭に縛られて』(宮内悠介)
『小相撲』(星野智幸)
『それなんこ?』(藤井太洋)
『レオノーラの卵』(日高トモキチ)
『人間ごっこ』(軒上泊)
『負けた馬がみな貰う』(法月綸太郎)
『死争の譜 ~天保の内訌~』(冲方丁)


『獅子の町の夜』(梓崎優)
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「本当に、考え直しませんか」
「考え直せるなら、最初からこんな馬鹿げた博奕、しないと思わない?」
 口調は穏やかで芝居気もなく、だから僕は悟らないわけにはいかなかった。
 いくら言葉を尽くしたところで、夫人の決意は覆らないだろうことを。
 それでも、あるいはだからこそ、僕は話を止めるわけにはいかなかった。
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単行本p.38


 異国の高級レストランで、知り合ったばかりの女性と食事をともにしていた語り手。彼女は、コースの最後に出るデザートが何であるかに重大な決断を賭けると言い出す。馬鹿げた賭けを止めさせるための方法はただ一つ。これが「賭け」として成立しないと証明する。つまりデザートが何であるかを推理してみせるのだ。コース料理が終わるまでに。制約の厳しい状況下での推理を扱ったミステリ。


『人生ってガチャみたいっすね』(桜庭一樹)
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「はい、きっと。あと、その件は、あれですね。〈過去に祈る〉しかないっす……」
 夜市が「神に?」と聞き返す。久美は「いや、過去にっす。えーと……」と思いだしながら説明する。夜市も「あぁ、その話、ぼくも聞いた記憶がありますよ。でもよくわかんなかったな……」と首をひねる。
「オメルは、祈りってのは効くかどうかわからないから、賭けみたいだな、って言ってたっす」
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単行本p.87


 すでに結果が出ていて覆らない過去に対して、人は祈る。そもそも時間はそんなにきっちりまっすぐ流れているものなんだろうか。若者たちの活き活きとした会話が魔術的な効果をあげている傑作。


『開城賭博』(山田正紀)
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 お二人の談合は行きづまり、堂々巡りをくり返すばかりになった。
 すると、ふいに勝先生が顔を上げ、こう突拍子もない提案をしたのさ。
「このままじゃ埒があかない。どうだえ、西郷さん、ここは一つ、チンチロリンで決めることにしねえかい」
 妄言といえば妄言、あまりに奇天烈なこの提言に、一瞬、西郷も言葉を失ってしまったようだ。
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単行本p.117


 勝海舟と西郷隆盛、江戸開城交渉という大勝負。日本の将来は三つのサイコロに託された……。とんでもない奇想で、双方引くに引けない状況を無血で切り抜けるための方便としての博奕を描いた作品。


『杭に縛られて』(宮内悠介)
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 船がまた大きく傾ぎ――そして、揺り戻した。なんとか、沈没は避けられたようだった。
 これで、残る席は一つ。
「いいか」
 親番となったソロモンがルーレット台の裏についた。いまさら後悔がよぎったが、まあいい。もとから、そのつもりであったのだ。
 船はというと、すでに三分の二ほどが沈んでいた。
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単行本p.151


 沈没しつつあるオンボロ貨物船に乗り合わせた人々。救命ボートは一隻のみ。誰が助かるかを選ぶ公平な方法として選ばれたのは、ルーレットだった。文字通り命をかけたルーレット勝負を描いた、ストレートなギャンブル小説。


『小相撲』(星野智幸)
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 ここにいる観客は全員、誰かに人生を賭けているんだよな、とあたりを見回す。相撲賭博師は複数の依頼者を抱えているため、場内にはおらず、賭博師のブースでモニター観戦している。
 この全員が人生の岐路にいて、どちらに進むことになるのか、自分の意志が通るのか、運を天に任せているのだ。
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単行本p.187


 賭博のためだけに行われる相撲、小相撲。それは、観客が自分の人生を決めるためにあえて運を天に任せるための相撲、ある意味で純粋な「神事」としての相撲であった。社会問題としてクローズアップされる相撲賭博を鮮やかにひっくり返してみせた作品。


『それなんこ?』(藤井太洋)
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 下卑た遊びだが、金銭をかけるわけでもないし、正座で向きあい、芝居がかった仕草で騙し合うナンコ遊びが、わたしはそう嫌いではなかった。
 だけどこの夜、わたしは、全員を負かして帰ってもらうつもりだった。今日はツル叔母が朝から熱を出していたし、ナンコに必勝法があることに誰も気づいていなさそうだったからだ。
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単行本p.210


 フラッシュボーイズ。10億分の1秒で取り引きを繰り返すHFT(超高速取引、High Frequency Trading)による必勝の金融取引。そんな仕事に就いている語り手は、帰郷のおりにナンコ(薩摩拳)のことを思い出す。酒席のたわいない遊び。そして必勝法を見つけたと思った幼い頃。「賭け」の意義をめぐる思索が印象的な作品。


『レオノーラの卵』(日高トモキチ)
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「二十五年前のその日、叔父が呼び出した男は三人。ピアノ弾きと時計屋、そしてやまね、あんたもその場にいたんだよな。長生きな鼠だ」
「いたっけなあ」眠そうな答えが返ってくる。
「よく眠るのが長生きのヒケツだって、赤木しげる先生も仰せだからなあ。あれ、水木だっけ、斉木だっけ」
「あんたの記憶は当てにはならんね」
 工場長の甥は、白い歯を見せて笑った。
「ここはひとつ、時計屋の首に教えてもらおうと思う。この場所で、四半世紀前に何があった」
 煙に霞む時計屋の首は、そのときたしかに笑っていたように思う。
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単行本p.244


 工場長の甥、チェロ弾き、やまね、首だけの時計屋。『不思議の国のアリス』風の登場人物たちが集ったのは、お茶会のためではなく、ギャンブルのため。レオノーラが産んだ卵から孵るのは男か女か賭けようというのだ。同じ賭けがその昔、レオノーラの母エレンディアのときにも行われた。そして一人の男が撃ち殺された。何があったのか。ルイス・キャロルとガルシア・マルケスを混ぜて独特の風味を生み出して見せた傑作。


『人間ごっこ』(軒上泊)
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 つまり、我々のやってる芝居は劇中劇だ。人間は生まれた時から演技をしているからだ――。かつて所属していた劇団の代表から聞かされた言葉が、今ごろになってやたらとざわめく。じゃあとおれは卑屈な呟きを漏らす。制服に制帽姿で立ってる四十九歳の男はこの世を舞台に、警備員Aとしてここにいるってわけか。その役はト書きにすら記されておらず、こんな記述の中に埋没している、と。
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単行本p.266


 競馬場の警備員をしている敗残者が、女のために、自分の人生を取り戻すために、ある「博奕」に挑む。ハードボイルド調の作品。


『負けた馬がみな貰う』(法月綸太郎)
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「モニターというのは、具体的に何をしたらいいんでしょう? 高報酬を約束されましたが、新薬の治験みたいなことですか」
「いいえ。簡単に申し上げますと、あなたには数週間ないし数か月の間、競馬で負け続けるように努力してもらいたいんです」
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単行本p.300


 競馬で連続で負けている限り高報酬を支払うが、一度でも勝てばそこでクビ。奇妙な仕事を引き受けた男。意外と「競馬で確実に負け続ける」のは難しかった。うっかり勝ってしまったとき、彼はイカサマをやるのだが……。異色の設定だがある意味王道的なギャンブル小説。


『死争の譜 ~天保の内訌~』(冲方丁)
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 因徹は投了しなかった。盤上で黒は四分五裂の有様となった。
 ――早く投げろ。もう投げろ。
 丈和の一手一手が、容赦なく因徹に投了を迫った。剛力の丈和である。他にこの若い碁打ちにしてやれることがなかったともいえる。だが因徹は、生気の欠けた目をなおも盤上に漂わせ、歯をかちかち鳴らしながら、なおも打った。むしろ丈和のほうが青ざめるほどの、その場にいる全員の心胆を寒からしめる、悲愴の一語に尽きる打ち姿であった。
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単行本p.355


 江戸時代に行われた伝説の囲碁勝負。因縁の棋士ふたりが盤上で命を削り合ったその決着は。宮内悠介さんを強く意識して返したと思しき卓上ゲーム時代小説。



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