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『私の知らない歌』(大木潤子) [読書(小説・詩)]

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朝焼けに
薔薇が浮かび上がる
さあおいで
私の知らない歌
陰惨な爪を忘れて
私たちは書くことを覚える
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 広大な余白を漂うわずかな文字。時間の流れを断片化して自在にあやつるような詩集。単行本(思潮社)出版は2018年6月です。


 まず驚くのは477ページというその分厚さ。次に驚くのは、余白の存在感。いわば「余白力」とでもいうべきパワー。

 偶数ページはすべて白紙、奇数ページも印字されている文字はごくわずかで、見開きの左右ページで文字が占めている面積は1割もありません。つまり、ほとんどは余白。広大な余白空間を漂う文字、それも完結しているわけではなく、他のページの文字と続いたり、呼応したり、反復したり。読点「、」の巧みな使用。


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虹の下の
病んだ木、

燐光ふっふっ、
燐光ふっふっ、
燐光ふっふっ、

虹の下の
病んだ木、
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 形式の迫力にのせて、語られるのは、時間と命。


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落ちてくる、
雨の一粒一粒に、
穴を穿つ、
落ちてくる、
雨の一粒一粒に、
穴を穿ち、
溶けて入り、
雨と一緒に、
消えていこうとする、
――――


――――
旋回する時間の
流れを逆に辿ってゆく、
元に戻っても、
そこにいたはずの私はいない、
私のいない時間がそこから
始まっていて、その時から私は
私のいない時間の住人になる
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途切れる
時間の
真空
を顫わせて
向こう側の
時間が届く
そして新しい時間が生まれる
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――――
鳥の形をした歌
鳥の形の空白
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――――
蝶に
なれなかった
幼い虫たちの
声が
降って
光が
眩しい
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――――
小さな虫の魂が、
目に見えない、
無念だった思いが、
微かな重さとして、
手のひらに触れ、
消えていった、
その闇のなかに、
入ってゆく、
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――――
ツユムシを手のひらに乗せて
ツユムシに水を飲ませる

ツユムシの生きる時間を思う
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