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『NOVA 2019年春号』(大森望:編集) [読書(SF)]

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 この三年間にSF界に登場したニューカマーは数多い。創元SF短編賞ハヤカワSFコンテスト、さらにはカクヨムWeb小説コンテストSF部門や(手前味噌ながら)ゲンロンSF新人賞などから、続々と新人がデビューしている。しかし、日本唯一のSF専門誌である早川書房〈SFマガジン〉は、2015年4月号から隔月刊となり、新作短編の載る量が激減。SFを書く人はたくさんいるのに書く場所がないという状況が続いている。
(中略)
 何が言いたいかというと、つまり、書き下ろしSFアンソロジーが何冊出ても供給に問題はないくらい、生きのいいSF作家がたくさんいるということ。

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文庫版p.450、451


 轟く叫びを耳にして、帰ってきた《NOVA》。書き下ろし日本SFアンソロジーNOVAが、三年間の休止を経て、ついに第三シーズンとして復活しました。文庫版(河出書房新社)出版は2018年12月です。


[収録作品]

『やおよろず神様承ります』(新井素子)
『七十人の翻訳者たち』(小川哲)
『ジェリーウォーカー』(佐藤究)
『まず牛を球とします。』(柞刈湯葉)
『お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ』(赤野工作)
『クラリッサ殺し』(小林泰三)
『キャット・ポイント』(高島雄哉)
『お行儀ねこちゃん』(片瀬二郎)
『母の法律』(宮部みゆき)
『流下の日』(飛浩隆)


『ジェリーウォーカー』(佐藤究)
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 誰も見たことのない生物の姿は想像力の滑走路となり、スタニックはそこで加速し、離陸して、高く舞い上がった。彼は生まれてはじめて、類のない造形を描くことができた。現実のモデルさえあれば力を発揮するクリエイター、スタニックはそんなタイプの人間だった。

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文庫版p.136


 ハリウッド映画のクリーチャー造形に関する第一人者。彼がコンピュータグラフィックによって創り出す怪物の姿は、衝撃的であると同時に生物的リアリティを感じさせる、誰にも真似の出来ないものだった。だが、そんな彼には創造の秘密があったのだ……。もちろんラブクラフト『ピックマンのモデル』のハリウッド版ですが、読者の予想通りに展開してゆくにも関わらず先が気になってぐいぐい読み進めてしまうだけの迫力があります。


『まず牛を球とします。』(柞刈湯葉)
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 いまどきの人間はだいたい人種民族その他をランダムに混ぜられて生まれてくるが、いくつかの機関は動物の遺伝子も使っているという話はたしかに聞いた気がする。
「てことは、お前のその白黒は、ホルスタイン種か」
「正解」
「なんでゼブラなんだよ。牛なら素直にそう名乗れよ」
「いやいや、ヌルイチだって『ニンゲン』とは名乗らないでしょ」
「つーかお前、さっき牛丼食ったろ。共食いじゃないのか」
「あれは大豆じゃん」
「たしかに」
 そう言ってからおれたちはしばらく黙った。これはもしかして喧嘩をしているのか、とお互いにちょっと思ったらしかった。
「まあ、この星で生き残ろうと思ったら、人間になるか、工業製品になるかの二パターンしかないもんね」
 ゼブラはぽつりと言った。そんな夜だった。

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文庫版p.185


 動物の権利団体から訴えられないように、まずは牛を球にします。人種差別とか起きないように、人間も工業製品化します。そうこうするうちに地球外から「外人」さんがやってきて、まっ平らにされてしまいます。自然環境や生態系や遺伝子プールに手を入れすぎてわけわかめ状態になった未来を描く好短編。


『お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ』(赤野工作)
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 あそこに浮かんでいる月、私が今こうして観測しているあの月は、今から77Fも前の過去の姿をしている。お前のいる場所から、私のいる場所まで、光が降り注ぐのに、38万4400Km、1.3秒、77F。遅い遅い遅い。それじゃあ何かも遅すぎるんだ。月明かりが地球に降り注ぐよりも速く、私はお前が何を考えているのかを読まなければならない。そうでなければお前に勝てない。分かるだろう。どうせお前が死ぬのなら、完膚なきまでに負けたまま死んで欲しい。死ね。

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文庫版p.208


 最後に池袋のゲーセンで対決してから数十年。お前はいま月に、俺は地球にいる。光速の限界による通信タイムラグは1.3秒、その間にゲームは何と77フレームも進んでしまう。隙の大きい必殺技でさえ、発動のタイミングを見切ることが出来ない。遅い遅い遅い。光速の限界という物理法則のバクは誰も修正してくれない。77フレーム先の攻防を見極め、相手のコマンドを読み切り、その対策を今ここで入力するしかない。でなければ勝てない。光速を超えろ。77フレーム未来のお前との勝負。勝つのは俺だ。あのときと同じように。対戦格闘ゲームのひりひりした「読み合い」を描く短編。プレーヤーたちがたぶん寝たきり老人というリアルさ。これからは懐古サイバーパンクの時代ですよ。


『クラリッサ殺し』(小林泰三)
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「レッド・レンズマンのクラリッサがアリシア人のメンターに訓練を受けるというところです」
「クラリッサはアリシア人には会ってないはずですけど」
「根拠は何ですか?」
「『第二段階レンズマン』で、レンズはアリシアからパトロール隊を通じて、送られてきて、訓練はキニスンに受けたとあります」
 男は顔の前で人指し指を振った。「『第二段階レンズマン』はメタフィクションなんですよ」

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文庫版p.232


 往年の名作スペースオペラ「レンズマン」シリーズをテーマにしたVRアミューズメントに参加した女子高生ふたり組。ところが仮想アトラクション世界内で、レッド・レンズマンであるクラリッサ役になった友人が殺されてしまう。これはゲームのシナリオなのか、それとも現実の殺人事件なのか。語り手は「キニスン」と共に事件の真相を探ることに。SF的要素は薄いなあ(レンズマンシリーズを読み込んでいる女子高生という設定を除き)と思って油断していると、ほら、何しろ作者が作者だし。


『母の法律』(宮部みゆき)
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 少子高齢化・人口減少社会のなかで、親に殺される子供も、子供に殺される親もなくすこと。子供たちの「親を選べない」という絶対的な不公平を緩和し、大人たちが「親になることに失敗したとき」セーフティ・ネットとなるシステムを設け、すべての国民に「生きがいのある人生」をつかむ機会を与えること。その理想を達成し得る、マザー法はまさに奇跡の法律だ。
 でも、救いきれないものはある。

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文庫版p.358


 頻発する児童虐待に対処するため創設された「マザー法」。児童虐待が確認されたら即座に親権を剥奪し、子供の身柄を公的機関の保護下に置いて養子縁組を推進する。虐待の連鎖を防ぐ反面、家族という聖域に国家が踏みこむことへの反発も根強い。果たして「親子の絆は何よりも強い」のだろうか。SF的な思考実験により児童虐待という社会問題を掘り下げてみせた傑作。



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『裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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 被害者をやめるのは、その気になれば可能だった。
 でも被害者じゃないなら、自分はなんなんだろう、という疑問に答えは出なかった。
 加害者になるつもりはない。誰かを傷つけたいわけじゃない。
 別に被害者と加害者は対立概念ではないけれど、なんだかその二つの間で、自分自身が宙ぶらりんになった気がしていたのだ。
 そこに鳥子が現れて、あの言葉を投げかけてくれた。
 ――共犯者。
 最初はピンと来なかったその概念が、大事なものになったのはいつからだろう。
 あの一言で、鳥子は私に、新しい居場所を与えてくれたのだ。

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Kindle版No.491


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知をこえる超常現象や危険な存在、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第3巻。文庫版(早川書房)出版は2018年11月、Kindle版配信は2018年11月です。

 ストルガツキーの名作SF『路傍のピクニック』をベースに、ゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』の要素を取り込み、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。

 もともとSFマガジンに連載されたコンタクトテーマSFだったのが、コミック化に伴って「異世界百合ホラー」と称され、やがて「百合ホラー」となり、「百合」となって、ついには故郷たるSFマガジンが「百合特集」を組むことになり、それがまた予約殺到で在庫全滅、発売前なのに版元が緊急重版に踏み切るという、すでにストルガツキーもタルコフスキーも関係ない世界に。

 ファーストシーズンの4話は前述の通りSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズン以降は各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8は文庫版第2巻、そして文庫版第3巻にはファイル9から11が収録されています。既刊の紹介はこちら。


  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23


  2017年11月30日の日記
  『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-11-30


 前巻のラスト、「コトリバコ」の凶悪な呪いを辛うじて生き延びた二人。そのときラスボスとして登場した閏間冴月。その姿が、どこにいても空魚の視界に入ってくるようになるところから第3巻が始まります。


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 鳥子が探し求める閏間冴月が、今や裏世界深部、ウルトラブルーの向こう側にいる存在と繫がっている――。コトリバコ解体の果てに悟ったその事実を、私は二人にも、DS研の汀にも、伝えていなかった。伝えるべきかどうかもわからない。小桜は閏間冴月がいなくなったことを受け容れているようだけど、私の見るところ、鳥子はまだ諦めていない。下手をすると、思い詰めた鳥子はまた一人で裏世界の深部に行ってしまう。
 裏世界に棲む〈かれら〉の狙いは、そうやって鳥子を誘い込み、閏間冴月と同様に、どこか遠くへ連れ去ってしまうことなのだろうか。

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Kindle版No.66


[収録作品]

『ファイル 9 ヤマノケハイ』
『ファイル10 サンヌキさんとカラテカさん』
『ファイル11 ささやきボイスは自己責任』


『ファイル 9 ヤマノケハイ』
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「こ――こうして二人きりでさ、知らない世界を探検できて、私すごく嬉しいの。鳥子が私を選んでくれて、ほんとに感謝してる」
 喋っているうちに調子が出てきて、口からつるつる言葉がこぼれてきた。「あのとき、この世でいちばん親密な関係って言ってくれたよね。正直最初は、こいつ何言ってんだろって感じだったけど――」
「ちょ、ちょちょちょ、待って、なに?」
 耐えかねたのか、鳥子が目を丸くして私を振り返った。
「どうしたの空魚、今日テンションおかしくない?」
「そ、そうかな。いつもこんな感じじゃない?」
「噓、ぜったい噓。ていうか大丈夫? なんか、変なもの見ておかしくなっちゃった?」

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Kindle版No.318


 ゲートからゲートまで安全なルートを確保するという偵察ミッションのために再び裏世界に突入した二人。今回は割と気楽に(お弁当持って)裏世界に入り込んだのですが、もちろん裏世界はそんな甘いところではなく……。


『ファイル10 サンヌキさんとカラテカさん』
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「あの、もしかして、こういうことってよくあるんですか?」
「なんで」
「猿が喋ったってことに、特にコメントがなかったので」
「猫が忍者になるくらいだし、猿だって言葉くらい喋るでしょ」
「な、なるほど―」

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Kindle版No.918


 ファイル9で鳥子に撫で回されたせいか、ちょっと浮かれ気味の空魚。ついに裏世界に安全なルートを確保した二人は、それこそピクニック気分で裏世界に出入りするようになっています。思えば遠くに来たものだ。そのうち「裏世界でずっと二人で暮らそう」などと言い出しかねない勢い。ところが立ち寄った小桜屋敷で、瀬戸茜理(ファイル7『猫の忍者に襲われる』に登場した空魚の後輩)に出くわしてパニック。いきなり「け、消すか?」という発想。

 コメディシーンですが、どこかヒヤリとするのは、空魚は実際に誰でも簡単に「消す」ことが出来るから。ほんの数秒、右目で凝視するだけで、どんな人間も即座に発狂してしまう。考えてみれば、ものすごい危険人物。むしろこれは裏世界の怪異存在に近いのではないか。

 先輩のそんなぶっそうな一面を知らない茜理は、『猫の忍者』の件で空魚たちを怪異事件のスペシャリストと見込んで、知人が巻き込まれている怪事件について相談を持ちかけてきます。それも、いわゆる「実話怪談」というやつ。しかもかなり本格的な……。


『ファイル11 ささやきボイスは自己責任』
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 そろそろと視線を上げた私を、閏間冴月が見下ろしていた。爛々と輝く、青い両目――私の右目よりずっと濃い、裏世界深部に続く穴のような恐ろしい目だった。その中に落ちていきそうな感覚をおぼえて、一瞬気が遠くなった。
 そのときだった。車のブレーキ音が鳴り響いて、すぐそばに白いワゴン車が止まった。一瞬遅れてそちらを見たときにはもう、開いたスライドドアの中から二人の男が降りてきて、私の身体を摑んでいた。
「えっ……!?」
 反応できないうちに、私の身体は持ち上げられて、車の中に放り込まれていた。ゴムシートの敷かれた床に打ち付けられて息が詰まる。さらに車内にいた二人が私を押さえつけたかと思うと、頭に袋をかぶせられた。

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Kindle版No.1631


 つきまとう閏間冴月の影。ネット上にアップされた、いわゆる自己責任系と呼ばれる「見た者のところに怪異が訪れる」動画。謎めいたカルト集団の暗躍。そして拉致監禁された空魚。誰がどんな目的で「攻撃」してきたのか。そして閏間冴月との関係は。急展開する第3巻最終話。

 まったくの余談ですけど、今まで影が薄かった汀が「当時はカスタネダが流行っていて……いや、やめましょうこの話は」(Kindle版No.2249)という黒歴史告白一発でキャラ立てに成功したのには驚かされました。



タグ:宮澤伊織
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『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』(高野秀行) [読書(随筆)]

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 食の可動域が広がると、いろいろなものを食べてみたくなる。実際、辺境の地へ行くと、日本の都市部では考えられないような料理や酒が食卓にのぼる。
「こんなもの、喰うのか」とやっぱり驚くし、「ヤバいんじゃないか」とも思うが、現地の人たちが食べているのを見ると一緒に食べずにはいられない。食べてしまえば意外に美味いことが多い。すると、また食の可動域が広がった喜びに包まれる。
 感覚が「ヤバそうだけど食べてみよう」からやがて「ヤバそうだから食べてみよう」に変わっていく。人間、こうなると歯止めがきかない。
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単行本p.10


 サルの脳味噌、羊の金玉、水牛の脊髄、ヤギの吐瀉物。ヒキガエル丸ごとジュース、ゴキブリ・タランチュラ・巨大ムカデ。さらには人間の胎盤餃子から麻薬成分幻覚剤成分たっぷりサラダまで。誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをする辺境作家、高野秀行氏がこれまで食べてきたヤバめな料理とその食事体験を活き活きと描いた異端のグルメ本。単行本(文藝春秋)出版は2018年10月、Kindle版配信は2018年10月です。


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 普通の日本人が口にできないようなものや、口にしたくもないというものも食べてきた。
 じゃあ、いったいどんなものを食べたの? と言われて返答に躊躇するのは、記憶に残る代表的な料理や食材を挙げていくうち、「ゴリラの肉」と言うと相手が驚愕し、全ての会話が止まってしまうから。以後、何時間話しても私のことは「ゴリラを食ったやつ」としか認識されない。
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単行本p.24


 全体は「アフリカ」「南アジア」「東南アジア」「日本」「東アジア」「中東・ヨーロッパ」「南米」というように地域によって分類されています。以降の引用は、食材で分けてみます。まずは哺乳類から。


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 なぜか、コンゴ人も脳味噌は食べなかったので、私たち日本人グループのところに頭蓋骨ごと回ってきた。薫製になったサルは歯を剥き出し、仏教絵図で描かれる「餓鬼」そっくりの凄まじい表情をしているが、気にする者は誰もいない。一匹のサルには当然脳味噌は一つ、しかもせいぜいスプーン二口分だ。脳味噌は魚の白子か豆腐のような味がして、ここでは贅沢品だった。
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単行本p.34


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「脳味噌は何度も食べたことがあるから他のものは?」と訊ねると、「じゃ、羊の金玉のたたき」と答えた。今度はびっくりした。実際にはオーナーは自分の股間を指さして「睾丸」といい、次にタカタカタカタカと擬音を奏でながら包丁で刻む仕草をした。間違いなく「金玉のたたき」であろう。
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単行本p.62


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 入店当初から、台におかれた皿に、真っ黄色細い管がとぐろを巻くように載せられているのが気になっていた。太さ約1センチ、長さ1メートル弱。見るからに「異形」。小腸かと思うが、そのわりにはウネウネしておらずゴムホースのように滑らかだし、だいたい中身がつまっていて管ではなかった。「一体何だ、これ?」首をひねっていると、案内役の友人ミランさんが流暢な日本語で言う。
「これ、なんて言うかな、背中を通ってるズイみたいなもの……」
 え、脊髄!! 思わずピンと背筋を伸ばしてしまった。まさに脊髄反射だ。
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単行本p.84


 続いて虫たち。


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 まず、絵面が普通じゃない。真っ白のパスタと真っ赤なソース。それらと戯れる(?)ゲンゴロウやコオロギたち……。(中略)いったんげっそりしてしまうと、後は食べるのがとても苦痛になってきた。ゲンゴロウがゴキブリに酷似していることもあって、残飯のパスタの上に虫がたかっているようにしか見えなくなるからだ!
「残飯を食べてる虫を食べてる俺」というイメージが脳内をぐるぐる回って止まらない。
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単行本p.133


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 しばらくして、虫の盛り合わせが登場した。
「うわっ!」私たちは思わず、声にならない声をもらした。バッタ、セミの幼虫、巨大ムカデ、タランチュラ、サソリ。気持ち悪いなんてもんじゃない。
「これ、喰うのか……」
(中略)
 ものすごく気が進まなかったが、出されたものは絶対に食べるのが私の流儀。まず、ハードルの低そうなバッタから。口に入れるとボソボソして、でもぐちゃぐちゃと湿った感じもあり、まさにバッタの死骸という印象。味つけは大変薄い。でも、まあこんなものだろうか。
「中華には珍しく、素材感がありますね」と、顔をしかめながら食べているYさんに言った。
 続いてセミの幼虫。こちらは殻が固いビニールのようで、中は白くてぐじゅぐじゅしており、タンパク質が生々しい。Yさんは泣きそうな顔をしていつまでも口の中でくちゃくちゃ嚙んでいる。飲み込めないようだ。
 しかし、と首をひねる。どう考えても味が薄すぎる。塩か唐辛子が足りないんじゃないか。隣室にいる店長にそう言うと、彼女は大声をあげた。
「それ、料理してないよ!」
「え、じゃ、これ生!?」
「そうよ、見たらわかるでしょ! そんなの食べたら死んじゃうよ!?」
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単行本p.173


 そして、色々な意味でヤバげなタンパク質のあれこれ。


――――
 先日、某誌の企画で、発酵学の大家・小泉武夫先生と「世界の珍食奇食ランキング」を決めるという対談を行った。それぞれが過去に食べたゲテモノや臭い食品などを挙げていったのだが、最終的に一位を獲得したのは小泉先生が推した石川県産「猛毒フグの卵巣の糠漬け」。
(中略)
 こんな異常に高度な技術が江戸時代から培われていたというから、日本人の食い物に関する貪欲さは恐ろしい。だって、技術が確立するまでに何人が犠牲になったかわからないじゃないか。ほんの少しでも毒が残っていればアウトなのだ。他にも食べ物がたくさんあるわけだし、どうしてそこまでしてフグの卵巣に執念を燃やしたものかわからない。
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単行本p.142


――――
 この苦さは普通の料理のものではない。汁を飲むと胃の底からこみあげてくる――と思ったところでわかった。
 これは胃液の苦みだ。その証拠に強い苦みの中に酸味が混じっている。二日酔いで吐きまくって最後に胃の中に何もなくなったとき胃液を吐く。そのときの味。
 秋さん曰く、「この羊は高い山の上で清らかな草を何種類も食べている。その草には薬効がある。だからこの鍋を食べると、とても体にいいんです」かつては正月とか目出度いときにしか食べられなかった特別な御馳走だそうだ。
 それだけ聞くと爽やかな風が吹き抜けるようだが、目の前にあるのは羊の未消化胃液汁である。理念と現実がこれほど乖離している料理も珍しい。
――――
単行本p.201


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 感謝感激する私に、彼は強く釘をさした。「いいか、これは人には言わないでくれよ。日本人に中国人の肉を売ったなんて知れたら大変なことになるかもしれないから」
 うーんと唸った。中国人も決して胎盤を他の珍味と同列に考えているわけではない。ある種の「人の肉」として認識しているのか。
「気持ち悪いから早くこれを受け取ってくれ」と彼は袋を放ってよこした。
 胎盤は、ついさっき、誰かのお腹から出てきたばかりらしく、新鮮な刺身のような匂いがした。
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単行本p.204



タグ:高野秀行
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『編集者ぶたぶた』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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『ぬいぐるみの編集者が来たから夢だと思ったんでしょ?』
「は、はい……」
『ぬいぐるみの編集さんっているんだよ。前から噂に聞いてたの。すごく優秀で優しい編集さんなんだって。俺は会ったことないけど、友だちがこの間、パーティで話したって言ってた』
――――
文庫版p.138


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、中身は頼りになる中年男。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。大好評「ぶたぶたシリーズ」は、そんなハートウォーミングな奇跡の物語。

 今回は、山崎ぶたぶたが出版社勤務の編集者として作家や漫画家を助けてくれる5つの物語を収録した短篇集です。文庫版(光文社)出版は2018年12月。

 ネタ出しから精神面のケア、転職相談まで、何でもサポートしてくれる有能な編集さん。しかも、打ち合わせや仕事の場でやたらと美味しい料理を食べさせてくれるのですから、もう誰かの願望全開。

 ぶたぶた二十周年ということで、いつもの「あとがき」に加えて、大矢博子さんによる『解説 ぶたぶた二十周年に寄せて』も収録されています。

 というわけで、ここに至っても「ぶたぶたがケラケラ笑っている。笑い声は聞こえるが、口は開いていない」(文庫版p.120)といった、長年の読者にとっても衝撃的な描写にまだまだ出会える「ぶたぶたシリーズ」、二十周年おめでとうございます。


[収録作品]

『書店まわりの日』
『グルメライター志願』
『長い夢』
『文壇カフェへようこそ』
『流されて』


『書店まわりの日』
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 ぽふぽふの手が、千草の握りしめて白くなった手に触れた。顔を上げると、ぶたぶたが小さな声でこう言った。
「大丈夫だから」
 それを聞いて、何が大丈夫なのか、と考えた。声をかけても大丈夫? それとも、昔の友だちみたいなこと言われても大丈夫? でもぶたぶたに千草の気持ちなんかわかるはずない。
 でも――彼が「大丈夫」と言うのなら……多分、何が起こっても大丈夫ということなんだろう。

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文庫版p.46


 初めての単行本出版ということで思い切って書店まわりをすることになった、人見知りが激しい漫画家。だが、過去の体験のせいで他人に声をかける勇気が出ない。そのとき、小さいけど頼りになる編集さんが、さり気なくサポートしてくれるのだった。


『グルメライター志願』
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「みんなおいしいから、全部食べたいんですよね~」
 と言いながら、本当に食べ尽くす勢いで食べていた。腹は……ぬいぐるみの腹は、膨れているのかいないのかよくわからない。あまり変わっていないように見える。
 なんなの、その腹は? ブラックホール!? しかもタピオカミルクティーまで飲んでるし。巨大なやつ。腹から染み出ないの!?
 絞ったらミルクティーが出てくるのだろうか……。つい怖いことを考えてしまう。

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文庫版p.77


 グルメ記事の取材に同行することになった、グルメライターに憧れる青年。台湾スイーツから始まって、カフェを何軒も回ってケーキやプリンを食べまくる。本職ライターさんが大食いなのはわかるとして、編集者が、ぬいぐるみなのに、食べること食べること。どこでもしこたま注文して、すべてきれいに食べてしまう三人。著者の地元感そして極楽感あふれるカフェ&スイーツ店めぐり。


『長い夢』
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 小説家であればすべてのジャンルに挑戦すべき――とまでは言わないが、書いてみることは決してマイナスにはならない。しかし恋愛ものはどうも書き出しから「なんか違う」と感じることが多く、キャラクターも自然に動かない。きっと今は書く時期ではないのだろう、と考えている。きっとその時期を待ちわびたまま、死んでいく物書きも多いのだろうな、と思うが、それは物書きの夢の一つなんだろう。「いつか書きたいものがある」と死ぬまで夢見るのは、ある意味幸せだ。

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文庫版p.113


 「驚かせてはいけませんので書いておきますが、私はぬいぐるみです」(文庫版p.102)
 自分のことを「ぬいぐるみ」という編集者って、どうよ。実際に会ってみると編集者は本当にぬいぐるみだった。これはあれだな、夢だな、夢。だったらこの際……。というわけで、誰にも話せずにいた「書きたい話」の相談を始める作家。さすがに夢の中だけあって、編集者が有能なこと有能なこと。会話しているだけで、するするとプロットが出来上がってゆくのだった。夢だけど(すべての作家にとって)、夢じゃなかった。


『文壇カフェへようこそ』
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「何かあっても、作品があればなんとかなりますよって言いました。いいものをどんどん書き溜めておきなさい、いつでも読んでもらえるようにしときなさい、と言いました。作家さんにとっては、書き上げた作品が一番の頼みの綱なんです。ぶっちゃけ他になんにもなくても、それがいいものであるなら、それで充分なんです。どこに行っても通用しますからね」

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文庫版p.186


 ひどいパワハラに苦しむ編集者が、ふらふらと立ち寄ったカフェ。食べ物が美味しいその店で、彼女は自分が探していたものと出会う。似たような境遇にある作家と編集者がつながる小さな奇跡の物語。


『流されて』
――――
「『流されるのがダメなんじゃなくて、その流れを信頼できるかどうかが大切』なんですって」
 その言葉を聞いて、かほりはすぐにぶたぶたの顔を思い浮かべた。今の流れは、彼が作っているようなものだったからだ。
 そして、彼なら信頼できる、と即座に思った。

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文庫版p.230


 偶然に出会った編集者から、モデルにならないかと打診された語り手。いやそんな、と腰が引けた彼女だが、その後もさり気なく勧誘される。今まで流されてばかりで生きてきた女性が、相手を信じて新しい道に踏み出すまでの物語。

 『文壇カフェへようこそ』もそうでしたが、性差別的な扱いを受けて傷つき苦しむ女性の話は、世相を思い出して、つらいものがあります。彼女たちは山崎ぶたぶたとの出会いによって救われるのですが、現実にはぶたぶたはいないので……。いや、そうでもないか。


『解説 ぶたぶた二十周年に寄せて』(大矢博子)より
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 この世界には、ぶたぶたさんはいない。でも「ぶたぶたシリーズ」がある。
 悩んでいるあなたが、辛い状況にいるあなたが、「ぶたぶたシリーズ」を読むことで少しでも癒され、そして少しでも前を向く気分になれたなら。この物語は、ぶたぶたさんそのものなのである。
 そして――実はこれが大切なのだが――あなた自身も、誰かにとってのぶたぶたさんになれるかもしれない。いや、気づかないうちに、もうなっているかもしれない。あなたにその自覚はなくても、あなたの真摯な言葉が、あなたの丁寧な暮らしが、あなたにとっては当たり前の心遣いが、誰かを変えているかもしれない。そんな「隠れたぶたぶたさん」が、この世にはたくさんいるのかもしれない。
――――
文庫版p.246



タグ:矢崎存美
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『optofile_touch』(Opto 渡辺レイ、小㞍健太、湯浅永麻、他) [ダンス]

 2018年12月9日は夫婦で彩の国さいたま芸術劇場に行って、Optoの公演を鑑賞しました。小㞍健太さんたちが踊る四本立て公演(新作二本、再演二本)です。


『The Other You』(再演)
振付演出: クリスタル・パイト
出演: 小㞍健太、アンソニー・ロムルホ


 25分のデュオ作品。おそらくは路傍に倒れている血まみれの死体が、自分で自分を操っているかのようにぎくしゃくと動き出し、やがてもうひとりの自分に分裂してゆく。殺されるまでの記憶なのか、自我の葛藤なのか、同じ動きが複製されたり互いに入れ代わったり格闘したりときには交互に犬になったりしながら、光射すクライマックスへと突き進んでゆく。

 雨音、自動車音、犬の遠吠えなどの寒々しい音響、照明によって色や印象が変わるスーツなどの視覚演出、そしてダンスの迫力が、見事にかみ合って異形世界が作り出される様は驚異的です。月光ソナタが流れるクライマックスでは鳥肌が立ちました。クリスタル・パイトが振り付けた作品を観るのは初めてですが、さすがというか、うなるしかないというか、他の作品も観たい。


『NEP and BAT』(新作)
振付演出: 小㞍健太
サクソフォン演奏: 大石将紀
出演: 渡辺レイ

 逆光のなかチュチュを着て踊る渡辺レイさんの姿が印象的な、15分のソロ作品。渡辺レイさん立っているだけで大迫力。


『Media』(新作)
振付演出: 湯浅永麻
出演: 湯浅永麻

 黒いスーツを着て、光から光へと、もがくように、高度なダンス技術を駆使した人外の動きで踊り続ける湯浅永麻さんの姿が、昆虫のようにもアンドロイドのようにも見えてくる15分のソロ作品。どう鍛えたらあのような動きが出来るのか驚異的。ときおり混じる音響ノイズにぴったり合わせて動くし。


『Recall』(再演)
振付演出: ヴァツラフ・クネシュ
出演: 渡辺レイ、小㞍健太、湯浅永麻、フィリップ・スタニェック

 小㞍さんのかっこいいソロから始まり、四名で踊る30分の作品。全員が組み合わさって節足動物のように動いたりするシーンも面白いのですが、何といっても男女二人ずつ組んで踊るデュエットパートが素晴らしい。

 渡辺レイ&小㞍健太の決闘めいた堂々たるダンスもすごいのですが、個人的には湯浅永麻&フィリップ・スタニェックの思わず息をのむような痴話喧嘩っぽいダンスにしびれました。どちらもすげえ。



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