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『NNNからの使者 毛皮を着替えて』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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「毛皮を着替えてきたんだなって」
「……それって何?」
「新しい猫がやってくることをそう言うんだよ。生まれ変わりって言われることもあるけど、毛皮を着替えたらやっぱり違う猫だよな」
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文庫版p.34


 猫、飼いたいけど、色々と事情もあって……。悩みを察知されるや、たちまち舞い込んでくる猫との良縁。そんな猫飼いあるある現象の背後では、NNNなる謎の猫組織が暗躍しているらしい。ミケさんと呼ばれている不思議な三毛猫(雄)がもたらす「猫と人の出会い」を描く五つの物語を収録した短篇集。『NNNからの使者』シリーズ第三弾。文庫版(角川春樹事務所)出版は2018年10月です。


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 確かにうしこはここら辺の野良や捨てられた子猫を人間の家に送り込み、飼ってもらうことに成功しているが、失敗がないわけではない。
 うしこは、一番難しいとされるその工作を担当するエリートであったが、歳をとり始めてきていた。こんな夜は、肉球が冷たい。
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文庫版p.200


 というわけで、猫好きのあいだで(主にネット上で)話題にのぼりがちな謎の組織NNN(ねこねこネットワーク)の暗躍を扱った謀略サスペンスシリーズ、ではなくて、猫を飼いたいと思っている人が自分の猫と出会うロマンス小説です。人の視点、猫の視点、ときどき切り替えながら語られてゆく五つの物語。猫飼いの読者はもちろん魅了されますが、それほど猫に興味がない方でも、読めばきっと猫を飼いたいと思うはず。


 これまでの作品の紹介はこちら。すべての作品は独立していますので、どこから読んでも大丈夫です。


  2018年04月18日の日記
  『NNNからの使者 あなたの猫はどこから?』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-04-18

  2017年10月16日の日記
  『NNNからの使者 猫だけが知っている』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-10-16


 今作では、かつて死に別れた猫(を連想させる新しい猫)との出会いがテーマになっており、猫を亡くした体験のある読者にとって涙腺に刺さる話が多くなっています。


[収録作品]

『第一話 泣いてもいい』
『第二話 ミーと私とミー』
『第三話 猫が呼んでいる』
『第四話 毛皮を着替えて』
『第五話 虹の橋』
『おまけのショートショート NNN』


『第一話 泣いてもいい』
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「俺は思うんだ。猫を失った悲しみは、猫でしか癒やせないって」
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文庫版p.33


 猫が死んだくらいで泣くのは恥ずかしいことなんだろうか。飼い猫を亡くした悲しみにくれる語り手は、居酒屋で友人に悩みを打ち明ける。外に出ると、そこにはミケさんの姿が……。悲しくてもう猫は飼いたくないという気持ちと、寂しくて猫と一緒にいたいという気持ち。その心の隙間につけ込んでくるNNNの凄腕工作員の仕事ぶりを描く導入話。


『第二話 ミーと私とミー』
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 元美はなぜか涙が出た。昔のミーとの思い出で、こういうものはない。わたしは、あまり優しくなかった。かまいたい時だけかまっていただけだ。
 ミーとこんなふうな思い出がほしかった。ミーはわたしのことを好きではなかったろう。それが今は、とても恥ずかしいことに思えて仕方なかった。
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文庫版p.76


 まだ子供だった頃、あまり優しくしないまま猫と死に別れてしまった語り手。大人になってから後悔が残り、飼わないまでも猫を見ていたいと思って保護猫カフェ「キャットニップ」でバイトすることに。だが、そこがNNNの拠点の一つだということを彼女は知るよしもなかった。何らかの負い目から猫を飼う勇気が出ない(自分には猫を飼う資格がないのでは……)猫好きの気持ちを扱った作品。


『第三話 猫が呼んでいる』
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 そういうあやふやな記憶なのに、ちびとの時間だけははっきりと覚えている。自分で拾って、自分で面倒を見た。そしてちびも自分を好いていてくれたはず。
 あの頃、ちびと自分は互いに支え合って生きていたのだ。
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文庫版p.125


 両親から深刻なネグレクトを受け、猫を唯一の家族として生きていた語り手。無事に成人した後、猫の消息を確かめるために故郷に戻ってみると、どこか懐かしい感じのする猫に出会ったのだが……。死に別れた猫との再会を描く感動的な作品。


『第四話 毛皮を着替えて』
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 同じ猫などいない、と理屈ではわかっている。実際、友だちの家の猫とソラは、つまり兄弟でも体格や性格が違うのだ。こんなに小さくてもそれがわかる。
 なのに、アンナとソラは似ている。それはまぎれもない事実だった。だからって本当に毛皮を着替えてきたとは思えないが、偶然にしては共通点が多すぎる。
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文庫版p.138


 飼い猫を見ていると、実家で飼っていた猫を思い出す。見た目は違うけど、細かい仕種などそっくり。もしかして……。という悩み(?)相談を受けたミケさん。どう考えてもNNNの仕事じゃないのに、世話好きの血には逆らえないらしく……。猫カフェや居酒屋だけでなく、不動産屋から占い師まで、ミケさんの「人脈」の広さに感銘を受ける作品。


『第五話 虹の橋』
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 つまりここは、積極的に出ていこうと思うものも、固い意志でもって滞在しているものもいない場所なのだ。そんなこと考える必要ないんだし。猫は心地よいところでのんびり過ごせれば、それで満足。私もそうだ。
 だが、たまに「着替えて飼い主の元に戻りたい」という動物もいる。
「着替え」とはつまり、生まれ変わりたい、ということだ。生前とまったく同じに生まれ変わることはできないので、「毛皮を着替える」と言うのである。
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文庫版p.172


 虹の橋のたもとにあるという楽園。死んだペットの魂はここでのんびり過ごし、後からやってくる飼い主の魂と一緒に、虹の橋を渡ってゆくという。誰もが気楽にしているこの楽園に、悩みを抱えた一匹の猫がいた。ネット上で有名な詩をもとに、ある深刻な事情から飼い主との絆を信じきれない猫の迷いを描く作品。猫神様が出てきます。



タグ:矢崎存美
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